映画・テレビ

2018/08/30

感性



「待て~!」「ヒャ~!」


「ねぇ見て見て、鬼ごっこして遊んでるよ、おもしろいねえ」


「言うこときかない子供はああして捕まるの、ほら早くっ!」


「 ……………… 」


…………………………


せっかくの感性を塞ぐのだから、なんともやりきれない

これが続けばだんだん押し黙ってしまうのも無理ないか


いや、こんな時でもちびまるこならきっと黙っていない

「あれあれ、ほんとしょうもないねぇ~」ってところか


世間を見透かすクールな眼、そこに軽妙に毒を吐く知恵…

転ばされたってただでは起きないぞというところがいい


他の登場人物もみな個性全開でまるで実在してるようだ

欠点も隠さず生き生きとして、これも昭和だったからか


そんな些細でも大事なことを想い出させてくれるちびまるこ

そのさくらももこが若くして逝ってしまったらしい、合掌


感性



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2018/06/16

移民



……生まれ育つ環境を離れるということ

……新しい環境で身をやつすということ

……それでも元には戻れないということ

……気づけば大人になってるということ



監督のジョンクローリーはアイルランドの出身

そういえば確かに新大陸に渡る移民が多かった


…………………………


アイルランドの映画は何気に沁みるものが多い


「ザ・コミットメンツ」

「麦の穂を揺らす風」

「プルートで朝食を」

「ONCEダブリンの街角で」


どれも、派手ではなくても底にキラリ光るところがある

風土、歴史、気質、…どうしてそうなったかがおもしろい


…………………………


ちなみに、ヨーロッパでも北と南ではかなり空気が違う

縦断してみると、風景、言葉、人柄……違いが見えてくる


とエラそうに言っても、行ったのはたった一度きり(笑)

ただ、本でも絵でも映画でも音楽でも確かにそう感じる


どちらかいえば自分はその北のほうと相性がいいらしい

静謐、淡々、沈思、俯瞰、微妙、余韻、ニヤリ、ジンワリ…


なので、ラテン、よさこいソーランはからっきしダメ(笑)

そうした群れをなしての大振りなものは向かないようだ


はてなぜだろう、とも思うのだがこれがよく分からない

もしやシベリア~モンゴル、北まわりの渡来民だったか


◾映画「ブルックリン」
https://eiga.com/movie/83694/


移民



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2018/05/19

自由



周囲の流れに巻かれて囚われたりせずに自分を信じて真っすぐ打ち出す人、他人とは違うせっかくの個性を埋もらせたりせずにハチ切らせて翔んでる人、今ではあまり見なくなった。ただ、この人は珍しくもこちらをアッと言わせて一気に自由奔放な世界に連れていってくれる。放っておけばどんどん固まりがちな心を解き放してくれる。


ウマイとかヘタなんてことはまったく超越したところで、そして目の前の型の権威なんてものに萎縮しっ放しになるでもなく、ただその時々でやりたいことをやるだけ。そんな感じだから、なんだかそもそもがそうであった「表現の原点」のようなものをシンプルに示してくれているようで、その小気味よさ、爽快さには或る種の懐かしさまで感じさせてくれる。


◾「人生は夢だらけ」椎名林檎
https://youtu.be/GDnLHd2Ei3Y


…………………………


そして、見ているうちになんだかふとこれを思い出してしまった。なぜだろうと思ったが、そういえばどちらも速い4ビートに乗せて、身のこなしも映像も活き活きとキレがあって躍動している。ストーリーも確か親を振り切って田舎から出ていく話だった。1960年代だからもう半世紀以上も前の映画。若者たちの熱いエネルギーがほとばしっていた時代。


◾映画「ロシュフォールの恋人たち」キャラヴァン隊の到着
https://youtu.be/vB3mxTJdtY0

◾映画「ロシュフォールの恋人たち」 双生児姉妹の歌
https://youtu.be/TyKMhVdFvZI


…………………………


1960年代といえば、いま思えば家庭から植民地の果てまでまだまだずいぶん鬱屈とした時代だった。そして世界中のあちこちでそれをなんとか晴らせないものかというトライがあった。それだからか、このジャック・ドゥミ監督の映画にしても、そうした暗澹たる空気をはねのけようとする瑞々しさというか勢いが伝わってくる。


政治でもアートでも何でもそうだが、最初は新鮮で勢いがあったものもそれがだんだんメインストリームになって凝り固まっていくと、平家物語ではないが傲れるもの久しからずで、気づけば必ず守旧側にまわっている。そして今度はまたその守旧への反動として、それじゃつまらないよ、何かおもしろいことしてみようよという動きが必ず出てくる。


音楽の歴史ひとつをとってもそうだ。クラシックならロマン主義に対するラヴェルやストラビンスキー、ジャズならバップに対するマイルスやコルトレーン、いつも革新の芽が現れてはそれにとって代わろうとしてきた。


それに比べて今はどうだろう。総体としてはやはり大人しくなっていて、体制に対してホイホイ簡単に順応するか、抵抗があったとしてもせいぜい内向的で陰な愚痴程度の見せかけの反応ばかり。愚直にそれらを真っ向から跳ね返していくような、そこまでの勢いのあるアートはめっきり見当たらなくなった。そう考えると、そんななかでこの椎名林檎は独りプロテストということか。


…………………………


話はかわってこの2つのロケ地の舞台、半世紀前の「フランスロシュフォール」と今の「東京有明」、空間も時間もまったく違うこのかけ離れた2つ……何の関係もなさそうだがそう簡単に決めつけず、それこそ凝り固まらないで少しだけ頭を柔らかくしてimagine、その間の壁を一気に飛び越えてみる。


すると、何も飛行機代はなくたって(笑)ちょっとだけ鳥になって心を飛ばしてみるだけでもその間を行ったり来たりできるのだから面白い。そしてその何たるかについてこうしてたっぷり精神のアソびまでできちゃったりするのだからやめられない。そう考えると、これまたやっぱり「自由」というのはせっかくだから使わなければえらく勿体ないもの、放っておくと自らドブに捨ててしまってあれよあれよと奪われてしまうもの、そうした何にもましてかけがえのないものであることよ、なんてことを思ったりもする。


自由

自由



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2018/05/03

温故



ゴダール、ワイダ、メルヴィル

ほんとにこの映画館は意欲的だ


温故



風化させない心意気がうれしい


温故



ファンもたくさん集まってくる


温故



すっかり少なくなった名画座…

いいものは伝え残していきたい


◾池袋 新文芸座 4/27~5/6
「魅惑のシネマクラシックスvol.28」


温故



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2018/04/26

戦後



池袋新文芸座の日本映画特集、今度はその4回目「白黒映画の美学」、おもしろそうなのでまた行ってきた。


◾「煙突の見える場所」昭和30年


監督は五所平之助、知らなかったが素晴らしかった。調べてみると1902年(明治35年)生まれ、一貫して市井の人たちを描く庶民派監督だったそうだ。


場所は東京足立区、荒川沿いの北千住。いわゆる下町だ。路地、バラック長屋、開渠下水、堤防土手、リヤカー、オート三輪、工場煙突、商店街、……

昭和30年といえば、戦後の復興もまだ途についてまもない頃。自分の故郷でも、物心ついた時はまだこうした雑然とではあるがどこか手触り感のある風景があちこちに残っていた。今みると余計な贅がなくてすべてがシンプル、家にも街にも人間の素(す)がそのまま現れていた。


そして登場人物は、足袋商人、競輪場売り子、街頭放送ウグイス譲、税吏役人、祈祷師、ラジオ修理屋、立ち飲み女給、……みな混乱のなかでも糧を得ながらなんとか暮らしている。この時代はサラリーマンはまだほんの少数だった。そして、戦争の傷を負って心ここにあらず、何も手につかないルンペンも少なくなかった。


高度成長が始まる前だから富もまだまだ隅々までは行き渡らない。食糧にしても育児にしても決してそうそう思うようにはいかないことばかり。そうした状況のなかで市井の人たちがなんとか自分を懸命に生きる。


…………………………


置かれた状況はさまざまで、引きずってきたものが違うからそれぞれで世の中の見えかたがまったく違っている。だいたいが、まず誰にも他人にかまっていけるような余裕がない。自分がその日を生きることで精一杯だ。そして仮にかまってみたとしても、安直に自分の立場だけから他人を見てああだこうだ言ってみてもどうにもならない。


毎日誰もが目にする街のシンボル、工場の高い4本の煙突。そのカットが折々で挿入される。見る方角によって3本に見えたり、2本に見えたり、1本に見えたり……居場所を変えてみた時に、初めてそれに気づいて「へえ?」と驚く人たち。そのくらい一人一人が千差万別だった。


こうしてバラバラになってしまったアナーキーな民心をなんとか束ねて、世の中を一括りに統合していこうと戦後になって突如として語られ出した理念、正義。……ただ、うるわしい言葉を紋切り型で言うだけなら誰にでも簡単にできる。肝心なのは実際に動くかどうか。そこまで言うなら有言実行、とにかく動いてみなければ何も変わらない意味がない。問題は、いくらそれがわかっていてもみんな日々の生活に追われていたこと。しかもそれがてんでバラバラだったこと。


そんな混沌のなかで、一口に世の中を変えるといっても果たして一人一人が何からどうしていけばいいというのだろう。……そんななか目の前に或る1つの出来事が起こる。誰のせいにもできない誰にも依存できないそのたった1つの出来事。雲の上の政治がどうだこうだ言う前に、そこの足下で人のすべてが試される。果たして、まわりの人たちはどうそれに関わっていけるのだろう、少しは繋がりを持って意見をまとめ対処していけるのか。


…………………………


敗戦の贈り物として天から降ってきた戦後民主主義、それをこうした草の根のありようから、コミカルなオブラートに包みながらやんわりとだが現実感覚として突きつけてくる映画。今ではそんな映画などそうそう見当たらないから、やはりこれも時代というものなのかもしれない。ただ、それから60年以上が過ぎた今も状況は何も変わっていないようにも見えてしまう。


戦後まもないさまざまな暮らしのリアルがフィルムに刻み付けられているこの古い映画、今となれば懐かしいことこのうえない。そうした記憶を呼び起こしてみるだけでも今一度軌跡を辿ってみるカンフルになる。ただ、懐かしいだけならそれだけだ。一方で時代を越えて今にも通ずる何か、そこに幸いかなあらためて再発見の気づきが得られたりもしたのだからやっぱり観てよかったと思える映画だった。


貧しくも惻陰の情で甲斐甲斐しく奮闘する妻役の「田中絹代」が素晴らしい。そして、若さゆえ新しい感覚でクール気丈に振る舞う下宿人の「高峰秀子」、家長として威張ろうとはするものの優柔不断で結局何も決められない夫役の「上原謙」、懐かしくも滅私奉公で独り自腹を切ってでもなんとか動きまわろうとする公務員役の「芥川比呂志」、……みんな今はもういないがまだ若々しい。だからなのか、まずとにかく映画づくりへの気概がびんびん伝わってくる。そして、それでいてやっぱり巧かったことに舌を巻く。


◾映画「煙突の見える場所」1953
https://movie.walkerplus.com/mv23470/


戦後

戦後



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2018/03/25

軌跡



池袋にある新文芸座は、これまで経験したなかでもとびきり意欲的な映画館で、和から洋まで幅広くさまざまな企画を次々と打ち出してくる。なかでも、ひとりの俳優に焦点を当てて邦画の連続上映を演ってくれるのがいい。前に山田五十鈴のときも観に来たが、今は香川京子をやっている。


2週にわたって25本、どれもそうそうたる監督、俳優陣で多彩なラインナップが並ぶから、どれも観たくなって迷ってしまったが、結局、この日の黒澤明監督の2本になった。


軌跡


…………………………


どちらも東宝映画で主役は三船敏郎だ。ひとつはオンボロ長屋住まいに共同生活するボロを着たしょうもない貧乏盗っ人、もうひとつは、ハリウッド俳優顔負けキリッとスーツにメガネのクールな公団副総裁秘書。このまったくの別人格をここまでやれるのかというくらいに演じていて圧倒されてしまった。


共演者もみな実力派ぞろいだが、なかでも「どん底」の左卜全、山田五十鈴、「悪いやつほどよく眠る」の西村晃が素晴らしかった。いまこんな演技のできる俳優はどこをみても見当たらない。生きざまが現れているのか。


この頃の俳優さんは今ではもうほとんどが他界している。香川京子は現在86歳だが当時はまだ20代の前半、いわば日本映画の黄金期を知る数少ない生き証人だ。この日の映画でも、まだまだデビューしたてで初々しいのに、先輩たちに負けじと気迫あふれる演技をみせていた。


…………………………


客席は70代80代が中心で、なんと朝の初回から満席の立ち見!どこから集まってくるのかそのエネルギーには脱帽してしまう。自分のすぐ横にも通路の階段に座り込んだ爺さんがいて、「代わりましょうか」と言ったら「大丈夫、それには及ばん」という感じで丁重に断ってきた。


この映画が撮られた1950~60年代といえば、政治でも経済でも、そして文学でも音楽でもこの国には勢いがあった。一生懸命だった。まだ戦後の混沌にあって誰もが先を見ようとしていたからか。


客席の彼らはまだ10代20代だったはずだ。こうして軌跡を辿りにやって来たそんな人たちに囲まれてここに座っていると、そうした時代が確かにあったこと、不思議にもその気配のようなものに包まれた感じになってくる。そんな空気に、若造の自分だがなぜだろうなんだか嬉しくなってしまうのだった。そして、……う~ん、こりゃ負けてられないか……


軌跡



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2018/01/28

源流



1月も終わりになって今さらだが、正月には家で雅楽を流すことにしている。いったん部屋にこれが流れ始めると、どんなボロを着てたとしても心の内側が清酒で浄めたかのように真っさらになる。あれは50に近づいた頃だったか、新しい一年はそんなふうに始めたいと思うようになった。汚れが一線を越えたかもしれない。


ということで今年もまたそうやって元旦から流し始めたのだが、たまたま今度はテレビをつけたら、なんとそこでも雅楽が流れた!……すると、これが「音楽の源流」という番組。おお、おもしろそうだ、どれどれ?ちゃんと正座して見てみよう。


源流



すると、旋法のことやら楽器の配置のことやら、これを歴史背景とも絡めながら分かりやすく解説、ふんだんに映像も盛り込まれたりでずいぶん丁寧に作られている。そしてなかなか骨っぽい内容、最後まで引き込まれてしまった。


源流

源流



今に伝わる音楽や舞踊といった芸能が、もとはといえば神事の一環として始まったこと、そしてそれが雅楽の場合、実は農業を営みの中心に据えたこの国の暮らしに深く関わってきたこと、なんとなくは分かっていたものの、その辺が一層鮮明になってふむふむスッキリ。西洋との違いまで話を広げてくれたから、そこも含めて音楽というものの全体を大づかみで理解させてくれた。


終わってから、番組表で説明を読んでみる。すると、なんだかやっぱりずいぶん意欲的だ。


今回が第1回で「神話に見る芸能の原点~雅楽~」とのこと。はて、そうであればこの先、どんな話になっていくのだろう次回も見てみたくなってきた。そして、これだけの番組を企画制作しようというのだから、あの金満NHKなのだろうなと思いきや、これがなんとローカルの三重テレビだったから、ますますたまげてしまった。素晴らしい!


源流



ちなみに自分の音楽との関わりといえば、気づいたときにはもうピアノだった。選択もなくそうだった。なぜ今になって、振れ幅の大きい一番遠い向こう側にある和楽器に興味を覚えるのだろう。


いろいろ考えてみるのだが、おそらくはその選択の確証を欲しがっているのだと思う。そこが何もないままにここまできてしまったことに、まずはともかく全体を眺めまわしてみたい、本来ならそうすべきだったはずの手順に従ってみたい、そんな想いが歳とともにもたげてきたようなのだ。


何を今さらという気がしないでもないが、いきなり専門過程ばかりをやってきた人が足を止めていったん教養過程に立ち戻るような、よくある話だがそんなところなのかもしれない。どんなにまわりくどくても手順ほど大事なものはないと、強くそう思う今日このごろであった。


源流



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2017/12/18

機知



ゆうべラジオをつけてたら、吉永小百合がラヴェルの曲を次々紹介していて、懐かしく聴き入ってしまった。


「ダフニスとクロエ」

「ピアノ協奏曲ト長調」

「水の戯れ」そして「ボレロ」


う~ん、百年以上経っても全然古くなくて瑞々しい!


…………………………


フランスの作曲家は、ベルリオーズ、サン・サーンス、フォーレ、サティ、……たくさんいるが、このラヴェルはドビュッシーとともに日本でもかなり人気がある。好奇心あふれる人で、世界中の民族音楽にも共鳴してずいぶん採り入れたから多彩だ。それまでにないまったく新しい音楽を創り続けたその姿勢に共感する人は多い。ジャズもそうで、ガーシュインは弟子入りまで希望した。チャーリー・パーカーも家ではずいぶん聴いていたという。


オーケストレーションも独特だ。楽器の特性を知り尽くしているから、この人にかかればピアノ曲も全然別の音楽に変身してしまう。ムソルグスキーがピアノ曲として作ったあの「展覧会の絵」も、ラヴェルのオーケストラ編曲のほうが有名になってしまった。


人気のある「ボレロ」も晩年の作曲だが、ひとつのリズムにひとつのメロディ、こんな単純な素材を少しずつ楽器を重ねていって、長丁場を全体としてどんどんクレッシェンドしていく、そうやって飽きさせるどころか知らず知らずあれよあれよと惹き付けていくそんな奇抜な発想と巧みな技にみな度肝を抜かれた。この曲に触発されてモーリス・ベジャールはバレエに振り付けてしまった。そして今度はそれをクロード・ルルーシュ監督が映画にまでしてしまった。


こうして革新の連鎖とはおそろしいもので、多くのジャズメンもそうだったようにこのラヴェルには人をインスパイアーしてやまないところがある。


…………………………


そしてこの「ボレロ」でふと思い出したのがこの映画。「仕立て屋の恋」「髪結いの亭主」のあのパトリス・ルコント監督がそのあとに撮った短編だ。もう20年以上前になるが、公開されたときに札幌狸小路5丁目にあった東宝プラザで観たのが今でも忘れられない。


最初から最後まで延々と同じリズムを叩き続けるスネアドラム、その人だけ一点にこれまた最初から最後まで延々とカメラを向ける、ただそれだけなのだが、それが可笑しくてたまらない。ラヴェルではないがルコントもまた奇抜な発想をする、負けず劣らず変な人なのだ。


一言でいうのは難しいが、単調なリズムに単調なカメラワーク、それが二重写しの構造になっているところがおもしろい。そして、単に皮肉ってるだけのようにも見えるがそれを通じていろいろ考えさせることになっている奥の深さがまたいい。軽さと重さとが表裏のセットになっていてどっちの側からみてもいいよという感じだ。分かるかなと潜ませて陰で舌をペロッと出している茶目っ気。そう、真面目なことを不真面目にやってるのだ。話はそれるが、思えば日本にも浅草にはこんなコント芸人が結構いた(フランス座!?)


一見すると、伝統的生真面目なクラシックファンからは「ふざけるな、これは冒涜だ!」とすぐにでもヒンシュクを買いそうなところだが、そんなことに臆することもなく、なんのなんのやっちゃえやっちゃえという軽妙で人間臭いところがいかにもフランス人らしい。こんなユーモア、ウィット、エスプリがたまらなく好きだ。ふざけたようで、どっこい気骨を感じるからだ。


以前書いたことがあるが、あらためて思うのは、こういったものひっくるめて一々反応してしまうのだから、どうやら自分は子供の頃から何の定めか、どこかやっぱりフランス人のおっさんたちの影響を受けて今があるらしい。

◾「振幅」音の細道 2014.11.10
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-e838.html


◾短編映画「Le batteur du bolero」
https://youtu.be/NCex9IjPNCo


機知



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2017/12/09

影絵



起き抜けに窓を開け放つ

冷たい空気が気持ちいい

こんな朝陽も久しぶりだ


振り返ったらフスマに影

おっと、おもしろそうだ


キツネさんはこうかな?

で、たしかこれが蝶々…

不思議だ、おぼえてる

壁に電灯、やったよな



あれこれ遊んでたら

すると、そのうち…


パッパッ、パヤッパッ♪
パッパッ、パヤッパッ♪

逢うときには い~つでも
他人のふたり~

ゆうべはゆうべ、そして
今夜は今夜~



おお!これは金井克子だった

イントロの振り付けが大流行

確か小学校のときだったよな


調べてみる

1973年の歌……44年前

あれ、それなら高校のときだ

そんな最近だったべか!?(笑)


デビューはもっと前のはず

がんばって思い出してみる


すると

東京五輪、白黒テレビ、グループサウンズ、長髪、ビートルズ、

トゥィッギー、ミニスカート、ヒップボーン、西野バレエ団、

レ・ガールズ、金井克子、原田糸子、奈美悦子、由美かおる……


芋づる式にどんどん出てきた!

やっぱり小学生のころだ

どうしてこんな憶えてんの?(笑)

小さいころの記憶ってスゴい


高校のころはもう興味もなく

すっかりロック~ジャズだ

部屋にテレビもなかった


それがなんで知ってるのか?

「他人の関係」詞を読んでみた

と、当時としてはキワどい

ドキドキしたのかもしれぬ


ということでもう一度やってみる

パッパッ、パヤッパッ♪
パッパッ、パヤッパッ♪

なんだか愉しい、やめられない……



◾「他人の関係」1973年
https://youtu.be/twnNUXbMnLQ

◾「レ・ガールズ」1967年
https://youtu.be/L4CkP40CmAM


影絵



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2017/11/20

繊細



女優「山田五十鈴」、5年前に亡くなったが今年で生誕100年になるという。新文芸座がこれを機に代表作を集めて上映するというので行ってきた。


きのうは、この2本立て


繊細



役の設定は対照的な2本だが、どちらも素晴らしかった。山田五十鈴という女優の幅広さ、奥深さにあらためて感服。


ちょっとした表情や仕草にも控えめだが余韻の表現があって、どの場面にも丁寧につくりあげようとするそんな細やかさが伝わってくる。それも「わかるかな?」くらいに抑えられているから、その微妙さ加減がこちらに突きつけられてるような感じで、そのたび集中させられて背筋が伸びてしまう。

どんな細部にも一つ一つに魂が込められているからなのだろうが、そうでありながらも受けとめ方は全部こっち次第と、どうやらそういうことになっていて、要は投げかけられているのだ。つまり、観ているこちら側を素人扱いしていない、決して分かりやすくしてあげようなどと媚びたり迎合したりするところがない。


言い方をかえれば、隙間を残すことで人との関係が水平なやりとりになっている。それも、いわゆるヤワなゆるゆるの水平とは違って、相手が分かればそれでいいし、分からなければそれはそれでしかたがない、そんな感じだ。「対峙」と言ったほうがいいかもしれない。こうなってくると冷たいようだがそんなことはなくて、確かに厳しくもあるが間にビシバシとした緊張があってそれがかえって心地いい。

今の時代、家庭でも学校でも、政治でも音楽でも、どこをみてもなぜか民主主義を履き違えてのポピュリズムだらけだが、そういえば少し前までの日本人というのはこんなだったよな、それによってお互いが切磋琢磨しながら育つことになってたんだよなと、忘れかけておぼろげになっていた時代の記憶というものをあらためてくっきりと思い起こさせてくれるのだった。


繊細



そして奇しくもどちらの映画も舞台は隅田川界隈。よく知ってる場所が次から次と現れて、その変貌ぶりにも驚いた。特に、幸田文原作の「流れる」のほうの舞台は東京きっての花街だった台東区柳橋、昭和30年代といえばちょうど凋落の始まる頃だったからその雰囲気がまたよく描かれていて興味深かった。変わらないのは、隅田川の「流れ」だけ……


自分が生まれたころの撮影だから、当時の街並みといい路地での人の息吹といい一層よく伝わって、そうだったよな、「街」だって「人」の身の丈を越えたりせずにほぼほぼニアリー、家だって道だって決して人を押し潰したりはしない手づくり感、その程度ににとどめられていたからピッタリ均衡がとれてたんだよな、そんなことを今さらだがあらためて確かめさせてくれたという次第。


繊細



それにしても思うのは、どうしてこんな素晴らしい日本映画がたくさん残されているのに、まったくといっていいほど見向きされなくなってしまったのかということ。存在すら忘れ去られようとしているのが、返すがえすも残念でならない。


昔はよかった式の年寄りの懐古趣味にだけはならないよう気をつけてはいるつもりなのだが、こうして日本映画には熱く燃えたいい時代が確かにあった。ヌーベルバーグとも張り合うような勢いで、役者はもちろんカメラも音楽も、歴史と風景を斬りとって、そしてそこに生きる人間の奥底を見つめてフィルムに刻みつけることに必死になっていた。


今の俳優にしても製作陣にしても、これからでも遅くはないもっとこんなのを観てもらって、活かせるものはどんどん取り入れて繋げていってほしいとも思うのだがどうだろう。とはいっても、自分がこれから俳優や映画監督になろうというわけでもないから(笑)、ということは、まあ、これは一介の映画ファンのささやかなお願いということで……


繊細



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