旅行・地域

2017/11/07

空旅



もう1週間前のことになる


函館空港をビュンと飛び立つと

まずは函館山【津軽海峡】


空旅


ここを見るとどうしてもあの戊辰戦争
官軍の艦隊に包囲されたのを思い出す
生まれてなかったから見てないけど(笑)



……そしてぐんぐん高度を上げると

今度はこれが延々どこまでも【雲海】


空旅


暗かったのが一気に明るくなって別世界
なりたくてもなれなかった雲の上の人(笑)
これが簡単になれちゃうからやめられない



すると

酔いしれる暇もなく高度を下げた

そうこうするうち雲の下へ出ると

締めは海ほたる【東京湾】


空旅


木更津~川崎、東京湾横断アクアライン
その途中につくったパーキングエリアだ

道路のないこの先は川崎まで地下トンネル
なんだかしらないが凄いな人間ってのは……



と思うまもなく、羽田空港に無事着陸


こうして鳥の目になって俯瞰してみる
まあ、たまにはいいもんだなやっぱり
視点を変えると何もかも違って見える


ほんの1時間だが楽しい空旅であった


いや、見たのは海ばかりだったんだから
空旅というよりむしろ海旅というべきか!?

まあ、今度は快晴のときにでも乗ってみよう
くっきり日本地図が見えてくるかもしれない



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2017/11/05

漂泊



大森神社から宇賀浦町を通って湯の川温泉まで突き抜けるこの海岸通り

むかし夜行で帰省の際は、終電も過ぎ下宿から函館駅までここを歩いた

詰め込んだ重いバッグを両手にスタコラ1時間半、思えば若かった(笑)

タクシーは乗らない、いや乗れない、金がなかったぶん強かったらしい

それが今では東京との往復でここを通っている。駅~空港をバス20分


…………………………


この小公園ができたのもいつだったか、少なくとも函館を離れたあとだ

この大森浜で蟹と戯れたのを思い出す、今ではすっかり観光スポットだ

周囲にはクルマだらけの駐車場、そしてギラギラとド派手な看板が並ぶ

その昔はここは砂山といってえらく寂しくうらびれた場所だったという

海峡、波音、潮風、漁火、砂山、立待、下北、…詩情かきたてられる場所


…………………………


というわけでバスから見えるこの啄木、そのたびさまざま想いがよぎる

市立文学館には自筆の手紙も残されて函館での様子がありありと伝わる


その啄木像、海側にポツンと建ってるがいつも思うのはその座る向きだ

啄木が一家を呼び寄せ居を構えたのが青柳町、そして墓は立待岬にある

なのにこの銅像、一切そっちには目もくれない、むしろ背を向けている


どうやら函館山をバックに写真スポット、市が観光客用に設えたらしい

あさましさが透けて見えてくるが、まあ背に腹は変えられないのだろう

ただ漂泊の歌人のこと、これはこれで啄木らしいかという気もしてくる


…………………………


宮崎郁雨の援助にも放蕩ぶりが止まらない啄木、妻の節子は翻弄された

小樽~札幌~釧路、……職を求め転々とするあいだ妻子は函館に残される

その間、送金もあてにできずなんとか代用教員などをやって食いつなぐ


やっと東京小石川でまた一緒に暮らすが、まもなく啄木が息を引きとる

節子は幼な子2人を連れまた函館へ。ひっそり青柳町の路地裏で暮らす

自分の義祖母は近所だったのでこの子たちをよく知ってると言っていた


函館を死に場所にしたかった啄木に郁雨は立待岬に墓を建てて納骨する

その後、まもなくして節子も病に倒れ肺結核で息を引きとった。28歳

岩手県渋民村~函館~東京~函館、……節子もまた流浪の民になっていた



~潮かおる 北の浜辺の 砂山の
かのハマナスよ 今年も咲けるや~

~東海の 小島の磯の 白砂に
我泣きぬれて 蟹と戯る~


◾石川節子~はこだて人物誌
http://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/b_jimbutsu/ishikawa_setsu.htm


漂泊



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2017/11/04

駅前



寂れても駅前だ、必ずぶらつく


すると

やっぱり見るとホッとする市電
懐かしい!子供の頃からの型だ


駅前



そして

これはいつも挨拶、函館の妖精
もうそろそろマフラーしねばな


駅前



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2017/11/03

晩秋



北国はもうすっかり晩秋であった


緑の山々も赤茶けて

葉が落ちれば黒となり

そのうちに真っ白になる


晩秋



この大沼も駒ヶ岳も今はこうだが


晩秋


こんな銀世界になるのも遠くない


晩秋



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2017/11/02

刻音



コチコチコッチン♪ おとけいさん


おやすみなさい……… ZZZmoon3


…………………………


ZZZ…………目が覚める☀️

なんだろう、耳を澄ます……


コトコトキッチン♪ おばあちゃん


…………………………


その音を聞きながら横になったままウトウト……

すると、なんだろう
ふと思いもよらないことがよぎった



ジジはここでこうして息を引き取った

オヤジのときは向こうの風呂場だった

そして

バタバタしたのが今はこんな穏やかだ



コトコト キッチン♪ ~コチコチ コッチン♪


時間の不思議と、そして人の世と……

音は刻まれる、休まない止まらない




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2017/11/01

棲家



ふらふら、終の棲家はいったいどこになるやら



のんびり釣りでもしながら暮らすのもいい
~老人と海


棲家



ここならピアノを弾きながらってのもいい
~波とセッション


棲家



いや、ピアノならこっちのほうがいいか
~ピアノ弾きのゴーシュ


棲家



立派な家なんてのは全然興味がない
鴨長明みたいな掘っ建て小屋でいい


それはそれでいいけど、
結局あっちもこっちもどうするの?(笑)



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2017/10/31

暴風



きのうからきょうにかけて北日本は強烈な暴風に襲われた

暴風



台風が去って喜んだらその低気圧が異常に発達したらしい

暴風



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紅葉



北の国の紅葉は終盤らしい


紅葉



もうじき冬支度なのだろう


紅葉



道すがら目が止まったこれは蔦

一日一日、段々
一枚一枚、色々

ズレはありながらもみんな一緒に
一歩一歩、着々


紅葉



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2017/10/28

並木



箱が並ぶコンクリートジャングルでも

街路樹が美しければ生きていけそうだ


並木



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2017/10/06

山裾(5)


(前回からつづく)


円形に蛇行する「高麗川(こまがわ)」、そこに囲まれた 22ha もの「巾着田(きんちゃくだ)」、川に沿ってひととおり見終えたあと、橋を渡るとすぐのところにひっそりと「高麗郷民俗資料館」があった。興味があるので寄ってみる。


こじんまり民家風で大袈裟な建物ではないが、関東ではこうした施設がそれぞれの地域あちこちにある。そして無料なのがうれしい。これも子孫への伝承、やはり郷土への誇りなのだろう。

山裾(5)



まず地形の成り立ち、そして耕作の歴史。


山裾(5)

山裾(5)


…………………………


6~7世紀、朝鮮半島は、百済・新羅・高句麗、これに唐が加わって動乱のさなかにあった。そしてそこから難を逃がれて多くの渡来人がやって来た。仏教や法制のほか、さまざまな技術など大陸から多くを学ぼうとしていた日本も彼らを積極的に迎え入れた。


その後になってどんな背景があったのか、この渡来人たちのうちの一部が朝廷の許しを得て関東にやって来る。山裾に定住したのが高麗王若光。これが666年。

どんな力があったのか、その後この高麗王若光が、関東に分散していた高麗人(こまびと。高句麗出身)をここに集めて高麗郡(こまぐん)を置いて今に至るらしい。これが716年。

山裾(5)



当時は朝廷が中央集権体制を整え終わった頃だ。「郡」を束ねるのが「府」。関東の行政の中心としてその「府」が置かれたのは今の「府中市」だ。府中には関東の神社を束ねる「大国魂神社」もある。そして仏教を広めるための拠点はそのすぐ近く、今の「国分寺」。どうやら、やはり関東を治める中心としてすべてこの山裾が選ばれたらしい。高麗~入間~飯能~府中~……そこを繋ぐ道も整えられた。今ではJR八高線(八王子~高崎)もこの山裾を南北に走っている。そして、確かにこの地域には古くからの祭りや伝統芸能が今もしっかり残っている。


ちなみに、今の「新座市」は新羅出身の人たちが落ち着いたところだという。なるほど、新座という文字をよく見るとその辺も分かってくる。新羅は今の韓国だ。これに対して高句麗はいまの北朝鮮。そう考えていくと、日本と朝鮮の関係というのは古くからほんとに長い歴史があったことを、えらく身近なものとして感じることができる。いろいろ影響を受けながらあれこれずいぶん深く繋がってきて今があるのだなというのが分かってくる。これはもう少し勉強しようと思う。ちなみに、行かなかったがこれも有名な高麗(こま)神社。先月だったか、どんなことだったのだろう天皇皇后両陛下が訪ねられている。


そんなわけで帰路についた道すがら、小さい秋をみつけた。こうしてまた1年、季節は移ろいを見せる。

山裾(5)


(おわり)



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