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2018年3月の25件の記事

2018/03/29

近場



なんと25℃、まだ3月だというのに夏日!
テレビでは熱中症に要注意と言っている


で、この時期の紫外線にも気をつけろと
さらにはピークの花粉にも気をつけろと


これだとゆっくり花見なんて楽しめない


ということで、遠出はやめて近場にする
家から10分、Tシャツ1枚で行ってみた


するとこれが意外になかなかのスポット
河川敷もゆったりでまわりも広々してる


青く広がる空、せせらぎの音、そして桜
人も少ないからゆったりと心が洗われる
バシャバシャッ、魚まで小躍りしている


身近にこうした自然が健在なのは有難い
人間らしく暮らす街としてちょうどいい
近くの橋を渡る電車まで爽やかに見えた


近場

近場

近場

近場



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2018/03/28

一年



チビッ子がキャアキャア、黄色い声をあげる


お年寄りがひなたぼっこ、目を細めて眺める


今年もまた満開の桜の下、ゆるり時が止まる


一年



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2018/03/27

一本



早咲きの桜、ついに満開になった

みなあちこちへと花見に繰り出す
浮かれてこっちも遠出したくなる


何百本もの並木はやっぱり圧巻だ

その一本一本がどうかはともかく
かたまってぐいぐいと迫ってくる


そんな名所は人も大勢ごった返す
その時だけ人が集まる特別な場所


…………………………


一方で、こんな一本にも惹かれる


さりげなく日常に溶け込んでいて
暮らしに身近で誰もが知っている

「あそこの曲がり角の桜がね……」
地域のランドマークになっている


それでも大騒ぎにまではならない
通りすがりの人が見上げる程度だ


…………………………


でも独りぼっち寂しくはないのか
たくさんでいるほうがラクなのに


様子を見るとそうでもなさそうだ
桜にも性格があるのかもしれない

シャイな感じはするが凛としてる
そのことでかえって存在感がある


大勢なら適当に相手するところも
足を止める一人一人に応えている


一本




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2018/03/26

色々



このところすっかり春の陽気だ

そして、あっちでもこっちでも

何もかもが一斉に色づき始めた

歩くのが一層楽しくなってくる



色々

色々

色々

色々

色々



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2018/03/25

軌跡



池袋にある新文芸座は、これまで経験したなかでもとびきり意欲的な映画館で、和から洋まで幅広くさまざまな企画を次々と打ち出してくる。なかでも、ひとりの俳優に焦点を当てて邦画の連続上映を演ってくれるのがいい。前に山田五十鈴のときも観に来たが、今は香川京子をやっている。


2週にわたって25本、どれもそうそうたる監督、俳優陣で多彩なラインナップが並ぶから、どれも観たくなって迷ってしまったが、結局、この日の黒澤明監督の2本になった。


軌跡


…………………………


どちらも東宝映画で主役は三船敏郎だ。ひとつはオンボロ長屋住まいに共同生活するボロを着たしょうもない貧乏盗っ人、もうひとつは、ハリウッド俳優顔負けキリッとスーツにメガネのクールな公団副総裁秘書。このまったくの別人格をここまでやれるのかというくらいに演じていて圧倒されてしまった。


共演者もみな実力派ぞろいだが、なかでも「どん底」の左卜全、山田五十鈴、「悪いやつほどよく眠る」の西村晃が素晴らしかった。いまこんな演技のできる俳優はどこをみても見当たらない。生きざまが現れているのか。


この頃の俳優さんは今ではもうほとんどが他界している。香川京子は現在86歳だが当時はまだ20代の前半、いわば日本映画の黄金期を知る数少ない生き証人だ。この日の映画でも、まだまだデビューしたてで初々しいのに、先輩たちに負けじと気迫あふれる演技をみせていた。


…………………………


客席は70代80代が中心で、なんと朝の初回から満席の立ち見!どこから集まってくるのかそのエネルギーには脱帽してしまう。自分のすぐ横にも通路の階段に座り込んだ爺さんがいて、「代わりましょうか」と言ったら「大丈夫、それには及ばん」という感じで丁重に断ってきた。


この映画が撮られた1950~60年代といえば、政治でも経済でも、そして文学でも音楽でもこの国には勢いがあった。一生懸命だった。まだ戦後の混沌にあって誰もが先を見ようとしていたからか。


客席の彼らはまだ10代20代だったはずだ。こうして軌跡を辿りにやって来たそんな人たちに囲まれてここに座っていると、そうした時代が確かにあったこと、不思議にもその気配のようなものに包まれた感じになってくる。そんな空気に、若造の自分だがなぜだろうなんだか嬉しくなってしまうのだった。そして、……う~ん、こりゃ負けてられないか……


軌跡



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2018/03/24

風流



なんと、道のこのど真ん中に堂々と

このニャンコ全然どけようとしない


なんだこいつは!? もしや反抗期か?

厚かましいというか無神経というか



風流



……と思ったら


おっと!

いやいや繊細なニャンコであった


猫も見かけによらないものらしい


風流


「ここがベストポイントなのさ」

「けど、まだ5分咲きだニャン」



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2018/03/23

童心



駅に向かう道すがら

歩道がどんづまりだ

う~ん、イライラ…

ダラダラと進まない


まあ、早く出たから

時間はまだまだある

よし!旅は道連れだ

一緒に歩いてみっか


すると


…あれ?ウキウキする

なんだろう、愉しい…


ん?………これか!?



【方丈記】鴨長明

かしこに小童あり
時々來りてあひとぶらふ。

もしつれづれなる時は
これを友としてあそびありく。

かれは十六歳、われは六十
その齡ことの外なれど
心を慰むることはこれおなじ。


童心



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2018/03/22

都市



ほかにもまだまだたくさんある街
そういえばほとんど何も知らない


……前にそんなことを書いたので

まずは足元の県がどうなってるか
とりあえず頭の整理、調べてみた


…………………………


面積は狭くて北海道の 20分1以下

そこに730万人、市だけで40ある


130万のさいたま、60万の川口

30万の川越・所沢・越谷

20万の熊谷・上尾・草加・春日部

そのほかに10万以上だけでも13市


とりわけ平野部は凄い密集ぶりだ

これもやはり東京あってのことか…


…………………………


人口増と経済成長の輝かしい時代
郊外にどんどん新しい街をつくる

子供が成長してそれが古くなれば
また次々と外に新しい街をつくる

中身はともかく器を増産するだけ
大量生産に身を委ねればよかった


気づけば老いも若きも独居だらけ
古い家は使い捨てで次々空き家に

この先そんなこと続くはずもなく
であれば今ある街を使うしかない

その家も街ももうダブついている
となれば選別されていくしかない


…………………………


これらの街も今はみな競争相手だ
現に生き残りを賭け競い合ってる


子育て、産業、雇用、健康、学び…


人口減少を見据えてのことらしい
メディアも折々伝えるから真剣だ

首長が自ら街を歩く番組もあって
ノー原稿での魅力紹介がまた巧い


どうやら胡座をかくのは終わって
優劣を争う時代に突入したらしい


少子化と低成長、国際化と個人化
思いもしなかった都市受難の時代

いや、前から分かってたことか…
ようやく尻に火がついただけか…


器だけを考えてればよかった時代
いまようやく中身が問われる時代

街は人に何をしてくれるのだろう


街はすべて人次第、人が使う道具
人がいなくなれば街も終わるだけ


都市



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2018/03/21

早咲



きょう関東はなぜか真冬に逆戻り


なんだろうブツブツ聴こえてくる

「ブルッ!ひぇ~、なんてこった…」


早咲



そして、とうとう雪まで降り出した

春分だというのに、なんてこった…


早咲



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2018/03/20

声掛



「もうすこしだって」


「………うん」



声掛



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2018/03/19

老若



お、これはなかなか!やるじゃん

函館空港に貼ってあったポスター


絵になるなあ、背筋ものびてるし

それに、前に住んでたあたりだし


で、よく見ると小さく文字が……


「どうして函館が好きなんだろう」

う~ん、これもいいぞ、うまいぞ


あれ?でも、ちょっと待った!

なんだろう、何か違うような……


…………………………


で、わかった

おそらくこういうことだ


それ言うには、まだまだ若すぎ
るんでないかい?

これからあちこち巡り歩いてみ
てからでもいいんでないかい?


そのうえでなら、言葉の迫力も
ずいぶん違ってくるのになあ

う~ん、惜しい!……


なんなら、代わりにそこにすわっ
てあげましょうか…なんちゃって

こっちはもうあちこち見て歩いて
そのうえでのことなんだからさ


………ん?いや、ちょっと待てよ

そっか、これはもしや生徒募集の
ポスター?……


なんだ、じゃダメだわ(笑)


老若



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2018/03/18

準備



家の前のサクラ、今朝出かけがてら見るとほころび寸前だった。今年のサクラ、記録の上では史上3番目の早咲きになるらしい。


ただ、あまり早すぎるとなんだかせっかくの有難みが薄くなる。少しずつ盛り上がる情感というか、高みに備えていく暇がない。


やっぱり爆発にはその前にそれなりの一定のタメが必要らしい。音楽も同じでクレッシェンド~デクレッシェンド、要は時間だ。


…………………………


そういえば、人間のほうもめっきり我慢ができなくなっている。なぜだかいつしか結果を急ぐあまりせっかちになってしまった。段取りとか手順、それに必要となる時間、全部ハショりたがる。


この開花にしても、テレビは今か今かとまたお得意のバカ騒ぎ。選挙の開票作業が始まる前に当選確実を出してしまうのと同じ。オリンピックで選手が始める前から金メダルかと騒ぐのと同じ。ひとりで勝手に煽るからそのたびかえって逆にシラけてしまう。


…………………………


季節の移ろいは、やっぱりなだらかに味わうのこそいとをかし。それをゆるり受けとめることで研ぎ澄まされてきた繊細な感覚。


春をじっと待つ、静かに待つ、その間に文学も音楽も生まれた。そこをせっ突かれて楽しめないと心自体がハショられてしまう。


とはいえこの早咲き、サクラさんのほうには何の責任もない(笑)

よし!ここはやはりこっちが合わせるしかないか……準備はじめ!


準備



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2018/03/16

陽光



Bathed in the sunlight 22℃, she's shining & singing spring


なんてこと書いてたら
いまラジオでこれが!…


◾「It might as well be spring」Ella Fitzgerald
https://youtu.be/WbZG-tmEKss


陽光



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2018/03/15

挨拶



おはようございます


挨拶



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2018/03/14

出立



ザッザッ、群れをなす朝のラッシュ

スッスッ、そこに颯爽と飛び込む人


出立



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2018/03/13

体感



このあいだ飛行機の窓から津軽海峡を眺めていたときのこと、つらつらとこんなことを思い出した。


…………………………


北海道から初めて本州に渡ったのはたしか小4の時、昭和40年だ。母と祖母と兄とでねぶた祭り。ついでに浅虫温泉まで足を伸ばす。


そもそも家が商売だったから一家揃って旅行などしたことがない。父とは、これとは別に一度ふたりでルーツの松前へ行ったきりだ。そんなこともあってか、この青森旅行は今でも鮮明に憶えている。


函館駅直結の桟橋から青函連絡船、乗船するだけでワクワクした。ドラが鳴って蛍の光、すると函館山がどんどん小さくなっていく。


そんなのがおもしろくて、ずっとデッキにいて海の景色を眺める。すると、おお!左に下北半島、右に津軽半島……地図どおりだ!(笑)


このとき母から近所のおばさんが洞爺丸事故に遭遇した話を聞く。それに、青函トンネルが完成すれば海底を汽車が走るなんてことも。


3時間半で青森桟橋に。ポンと降りてついに異国の地を踏みしめた。


青函連絡船「摩周丸」

体感


…………………………


それからというもの、この青函連絡船にはずいぶん世話になった。中学と高校の修学旅行、そして帰省、出張、かれこれ20回ほどか。さすがに馴れっこになって、いつしか一々デッキに出なくなった。


昭和52年にはあの石川さゆり「津軽海峡冬景色」が大ヒットする。ちょうど就職活動で東京と札幌とを飛行機で行き来していた頃だ。ドンブラコと揺られたあの海を気づけばピョンと飛び越えていた。


その連絡船、昭和63年の青函トンネル開通に伴ってとうとう廃止。空を飛ぶ飛行機、海底を走る列車、これらに追いやられた恰好だ。感傷に浸ってばかりもいられない。自分だってそれに加担してた。


…………………………


今でも思い出すことがある。ドラの音、訛り、カニ族、雑魚寝……

デッキから見たあの海、半島、イルカ、そして風、太陽、波音……


何より忘れられないのが、初めて彼の地を踏みしめたあの一歩だ。

いま思うと、少し大人になれた、どうやらそんな気がしたらしい。


…………………………


この海峡をこの足この目この耳で感じておけたのはよかったと思う。

飛行機だと陸も海も同じ飛び越えるだけ、そんな体感は味わえない。新幹線も同じことで暗闇の海底を何事もなく一気に走り抜けるだけ。


1960年代というのは技術の躍進そして生活の変化が目覚ましかった。その急速な変化の過程が自分の成長の過程と奇しくも重なっている。

そして、1990年代以降のインターネット、スマホ、バーチャル……時代は大きく変わって気づけば世界がどんどん手元から離れていく。


それでもあの経験が、風、音、匂い…今も記憶を呼び起こしてくれる。その時の体感が今という時代とのギャップをなんとか繋げてくれる。


きょう 3月13日は青函トンネル開業の日。つまり青函連絡船廃業の日。昭和63年(1988年)のことだからもう30年になるらしい。光陰矢の如し。



◾青函連絡船 最終日 青森桟橋編"
https://youtu.be/5eSqSPpJkAI


青森市上空

体感



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2018/03/12

旅情



こんなのを残してくれた人が…

なんだろう若返ってしまう(笑)


上野~青森~函館……15時間!


ガタンゴトン、眠れなかったり

どごまでさ、訛りを交わしたり


ずいぶん旅情に溢れてたんだな

いまは一本も走ってないらしい…



◾1977年上野~青森~函館・急行八甲田と青函連絡船15時間の旅
https://youtu.be/Ctl06ALc8X0


旅情

旅情



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2018/03/11

歳月



あれからもう7年になるという。長いような短いような……


はて、そのとき自分はどうしてたのか、何を感じてたのか……


ということで、当時を引っ張り出してあらためて読んでみた。


…………………………


まず分かったのは、今とは違ってずいぶん音楽三昧の生活だったこと。そういえばそうだったなという感じだ。


あと、どうやらやっぱりさすがにあたふたしていて、なんとか心を落ち着けようともがいているのも垣間見えてくる。


そしてもっと読み進めてみると、すっかり忘れてるところもあったり、いや、きのうのことのようにも感じたり…


…………………………


こうしてみると人の記憶というのははえらく頼りないらしい。であればこそ、たまにはこうして時を手繰ってみることも必要なのかもしれない。


そうできるのも、なんとなく徒然で書きつけていた日記、それがこうしてあってくれてのことだから、ほんと何に助けられるか分からない。


そういえば、半年後の10月には実際に三陸を歩いてぶちのめされる。そして12月にはラストライブ、翌年からは今のうちにと旅&断捨離、その2年後には関東へ…、振り返ってみるとその後はえらく目まぐるしい。


ひとつのことから何がどうなっていったのか、何が変わって何が変わらなかったのか、こうして全体を俯瞰しながら時を経る前の自分と静かに対話してみる、手元の日記がそんなきっかけにもなったりするのだから分からないものだ。


そしてこうした文も、要は置かれた状況のなかでの自分のことしか書けないらしい。その人にはなりきれないのだから、いくら寄り添っての善意だと思い込もうが人のことを書くなんてのは滅相もないことで、そしてそれが人のためになるかどうかなんて結果も自分には何の関係もないらしい。音楽も同じで人を弾くことはできず、やっぱり自分のことしか弾けない。



◾「何を弾けるの?」2011/3/12
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-35ee.html

◾「分かち合う」2011/3/13
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-bb21.html

◾「単眼か複眼か」2011/3/15
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-5068.html



歳月

歳月

歳月

歳月



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2018/03/10

一過



池のようにも見えるこれは砂場

そう、きのうまでの雨のせいだ


結局 100ミリほど降ったという

神奈川や多摩では避難もあった


一過



その雨雲が進み北日本を襲った

時ならぬ雨が大量の雪を融かす

三陸や道東は大変だったらしい



知られてないが融雪災害は怖い

札幌の山間部で何度も経験した

そのたびに災害復旧事業となる


家屋、農地、崖、河川、道路…

川の水嵩が増して地盤も緩んで

思いもよらない被害をもたらす


…………………………


その春の大雨、列島を横断して

何食わぬ顔で過ぎ去っていった


そして今朝、嘘のような青空だ

人々の足どりも軽やかにみえる


やはり穏やか平和な風景はいい

ただ、何事も人間万事塞翁が馬


雨が爆弾でなくてまだよかった

きょうはあの東京大空襲の日…




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2018/03/08

寒暖



関東に戻ると15℃、ポカポカだ


と思ったら、きのうきょうと7℃

きょうから冷たい雨が続くという


いよいよ春かと思えばまた逆戻り


冬服をしまったりまた出したり…

この移り気にみな振りまわされる


昔から三寒四温という言葉がある

季節の変わり目はいつも一進一退



それでも街のあちこち色がちらほら

白一色に目が慣れてたからまばゆい


梅は今年は何やら遅かったそうだが

桜もあと2週間もすれば開くらしい


やっぱり少しずつ春は近づいている


さまざま目先に一喜一憂しがちだが

何事も大きく見る必要がありそうだ


寒暖


寒暖



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2018/03/07

海峡


(前回からつづく)


函館空港でお迎えしてくれるこれ

到着したときにはこんなだったが


海峡



これもすっかり融けてこんな姿に


海峡


…………………………


そして函館空港にLCC が飛んでいた

迂闊だった、まったく知らなかった


というわけで初めて乗るバニラエア


海峡



これが半額&意外と空いていて快適

ゆるり歌って眺めた津軽海峡冬景色


海峡


…………………………


さて、その海峡のこっちとあっちと


関東は少しずつだが春めいてきてる
雪がないのだからまったくの別世界

とはいってもそう単純には喜べない
雪ではなく花粉との闘いが始まった


「春が来た」「春一番」「春よ来い」
ウキウキと歌えなくなってしまった

こんなんで子供の情緒はどうする!(笑)


…………………………


いや、また脱線したので話を戻すと


一方では雪、と思えば一方では花粉
苦あれば楽あり、楽あれば苦あり…

何につけ、隣りの芝生はよく見える

何度この海峡を往き来しただろう…

結局どこに行こうが一長一短がある


(完)



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2018/03/06

珈琲


(前回からつづく)


函館は今年は珍しく記録的な大雪で
どの道も雪山&凸凹で困ったらしい


ただ、あの爆弾低気圧のあとの雨で
雪山はずいぶん融けて小さくなった


駅前の風景も、数日前に来たときよ
りは視界が少し広がった感じがした


珈琲



その函館、飛行機の出発まで時間が
あるのでまた旧市街をぶらぶら歩く


十字街から電車通り沿いに大町まで
すると、あの懐かしい来々軒の看板

よく見ると閉店を知らせる貼り紙が
あの味そしてあの店内、がっかり…


閉店した来々軒(末広町)

珈琲



そこから海側に歩を進めて弁天町へ
ぶらつくと懐かしいこんな住宅が…

こうした木造は維持するのも大変だ
なんとか後世に残っていってほしい


珈琲



市電に乗って谷地頭まで足を伸ばす
粉雪がちらつくので喫茶店に入る


classic(谷地頭)

珈琲



これが街なかに佇む隠れ家的な珈琲屋さんだった、気取りがなくていい

谷地頭という街のリズムに合わせて呼吸しているような、なんともまったり落ち着く店。今はやりの妙にきちんとした綺麗なタイトさとか、明るく照明に凝ったりとかいうこともない。そうしたムダが一切ないから、自然光のなかで本を読んだり文章を書いたり思索に耽ったり、なんだかモンマルトルの自由を感じる。


◾cafe classic hakodate 「灯り」
https://ameblo.jp/magokoro-shin/entry-12103532330.html


そしてエチオピア珈琲が旨い!この珈琲、聞くと豆は十字屋のものを使っているという。なるほど……ということで、帰りがてらその十字屋に寄ってみた。


十字屋(末広町)

珈琲



函館山の山麓で百年近く続く老舗。さまざまな種類を丁寧に焙煎してくれているのが嬉しい。高校時代に先輩に連れられて来たことがあった。

函館屈指の商店街だった十字街は、郊外に押されてアーケードも取り払われ往時の賑わいはすっかり見る影もないが、それでもポツポツとこうして今も元気に頑張っている個店がある。


◾函館十字屋珈琲
https://hjyujiya.stores.jp/



ということで街歩きも、そろそろこのへんで終了、一路空港へ


(つづく)



※全然関係ない話、このブログの右側カウンターにちょうど60000の表示が!
苦節9年、塵も積もれば山となるということで皆様ありがとうございました。

珈琲



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2018/03/05

帰路


(前回からつづく)


そんな雪との格闘、翌日は急に暖気になり今度は屋根からの落雪対応。


何度片づけても、そのたび雪片がみるみる庇からズリズリ落ちてくる。

面倒なので屋根に上がってまとめて一辺に落とす。4時間かけて完了。


ということで薄着でも汗だくになった。おかげで腕の筋肉も少々復活。


そんなこんなをしながら

早々に戻らなければということでとにかく雪かき三昧の帰省であった。


…………………………


気づけば家を出て半世紀近くになるがそれでもこうしてこの街に通う。

年3回として150回になる計算だが、はて、いつまで続けられるだろう。


中心が郊外に移ったり年輩の人達がいなくなったりと街も変貌したが

どんなに姿かたちは変わっても生まれ故郷であることには変わりない。



家路

帰路


街の灯

帰路


帰路


(つづく)



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2018/03/04

格闘


(前回からつづく)


そして襲来した爆弾低気圧、そこにさらに雪が吹きつけた。

格闘



強風の合い間を縫いながら、朝から夜まで雪かき4回出動。


すっかり埋もれていた裏口、とにかく雪を掻き出す。

格闘


これは浴室の窓と排気筒、かけ登ってほじくり出す。

格闘


向こうまで行くには高すぎるので階段をこしらえる。

格闘


ベランダまわり&ストーブ排気もこれで当面大丈夫。

格闘



ヒイコラなんとか頑張ったが、ただでさえ湿った重い雪。

これを2mの高さまで何度もハネ上げるのは正直キツい。

得意だった雪かきも、久々すぎて全身だるくなった(笑)


これでも道内多雪地帯よりはまだまだマシだったらしい。

上には上がいるな、そう自分を納得させてこの日は終了。


(つづく)


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2018/03/03

豪雪



正月に行けなかった北海道、なんとか束の間の帰省をしてきた。


今年の豪雪、聞いてはいたが道南の実家でも例年の2倍に近い。

実際に目にしたら、やっぱりそのド迫力にたじろいでしまった。


庭の雪はうず高く積まれて、さながら万里の長城という感じだ。


豪雪



例年なら3月ともなればそろそろ春の兆しが見える頃なのだが

屋根から落ちた雪は板張りした窓をすっぽり覆い尽くしている。


豪雪



この調子だと全部融けるには4月いっぱいかかるかもしれない。


豪雪



そして襲来した爆弾低気圧、そのうえにさらに雪が吹きつけた。


(つづく)


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