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2018年2月の16件の記事

2018/02/27

一周



ちらほら咲きだした、可愛らしい


と、あの懐しい歌が聴こえてきた

Winter, spring, summer or fall♪


嗚呼、めぐる季節よふえる年齢よ


一周



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2018/02/25

遠近



自分より年輩の人たちが次々旅立っていくとやはり感じるものがある。

ずいぶん離れてしまってたなとか、あの時はあれでよかったのかとか…
もうひとつ、こうして知らず知らず順番が繰り上がってるのかなとも…


と、この絶え間なく移り変わる時代のことがどうしても頭をかすめる。

いつ生まれたかは大きい。上の世代は自分の知らない時代も知ってる。

そんな時代の空気を彼らはどう感じどう受けとめて生きてたのだろう。
はて、それを少しでも理解したうえで対することができてただろうか…


…………………………


振り返ると距離のとり方ほど難しいものはない。ずいぶん失敗もした。

親や先生、目上にはとにかくズケズケぶつかりまくってたこともある。
一方で、都会へ出てまわりが異人ばかりになると引きこもったことも。


ただ、これも歳をとったおかげか少し冷静に見れるようになってきた。

過ぎたるは及ばざるが如し、どうやらやっぱり極端がよくないらしい。
熱くなってハマり込み過ぎたり、冷めて慎重に入り込まなさ過ぎたり…


これがどうやら自分への自信ということとも大きく関係してるらしい。

特にかけ離れた相手だと、どうしても足元グラグラで軸がぶれまくる。
結果、妙に力んで押し込んでみたり、最初から諦めて引いてみたり……
そうやって重なるところを見いだせないままにギクシャクしてしまう。


唯我独尊でもなく脇見沈黙でもない程よいところに自分を置けないか。

なら、まずどこか適当なところに思い切って自分の仮杭を打ってみる。
完璧な安定地盤なんてのはそもそもないのだからとりあえずの仮杭だ。
ほんとにそこでいいのか自信などないが、ダメなら移設すればいい(笑)


そこから少しずつ対話。対話するなかで相手と一緒に答を探していく。
仮杭を足場にしながらさまざま出し入れしてみるのを辛抱強く続ける。

こうしてまずとにかく勝ち負けなんてこと考えず土俵にあがってみる。
えらく面倒だが、でもやっぱりどう考えてもそうしていく以外にない。


そりゃそうだ、風土や環境が違えば言葉でも作法でも当然違ってくる。
同じように性格が違えば考えも違う、世代が違えば感覚も違ってくる。

近寄らないでという人もいれば、そんな離れないでという人もいるが、
それだって対面してお互い確かめ合おうとしない限り何もわからない。


…………………………


つかめてきたと思うも束の間、今度はその遠近感の前提が様変わり!


まずは空間の距離、交通と通信の発達であまり問題にならなくなった。


◾徒歩で1ヶ月、汽車で1日がかりだった場所が今では飛行機で1時間!

◾飛脚で1週間、郵便で2日かかった場所が今はインターネットで1秒!


季節の景色なんかでも今ではリオとかプラハのほうが近かったりする。
SNSは瞬時のうちに世界中の人どうしを繋げてくれるようになった。


ただ、そのことで人間の距離のほうはかえって難しくなった気もする。
地球の裏側にいる人が近くなったり、すぐ近所にいる人が遠くなったり…

遠近の仕切りが崩れてふわふわ宙を漂えるからえらく自由になったが、
その代わりにリアルの境界もぼやけて確かさの手触りが難しくなった。

大勢のレスポンスも、どんな早くても顔も真意もそこまでは見えない。


でも、そう感じるのは昔を知ってる人。今の子供達は最初からそうだ。


空間の遠近

遠近


…………………………


土から離れるほど距離は曖昧になるらしい。ほかにこんなこともある。


◾20年ぶりに会った人が、ついきのうも会ったとしか思えなかったり…

◾50年前の風景が、忘れるどころかむしろ輪郭がクッキリしてきたり…

◾他界してからのほうがかえって現れることが多くなる人までいたり…


空間だけならまだしも時間までも一緒に軽々ピョンと飛び越えてくる。
昔からあったことも空間移動が簡単になってよけい強まった気がする。

こうなるともう彼岸此岸の別すら不鮮明で、さすがに妙な感覚になる。


でも、そう感じるのは歳を重ねてきた人。幼い子にはまだ分からない。


時間の遠近

遠近


…………………………


長くなったが、というわけで

空間の距離、時間の距離、人間の距離、……頭はもうゴチャゴチャだ(笑)


はてこの先どうなっていくのだろう、いよいよ分からなくなってくる。


どうやらこの混沌、結局はリアルとバーチャルとのせめぎ合いらしい。
ただ、こうした区分だっていずれはなくなってしまうのかもしれない。

いや、仮想通貨で一攫千金を狙う若者はもう既にそういうことなのか…
世界を股にかけそれも目に見えない一瞬のやりとりにすべてを賭ける。


汗水流すことで現金を手にしたあの身体はこのまま失せていくのか?

対面し手触りすることで覚えた快感~痛み、喜び~怖れ、信用~責任
それを土台になんとか近づこうとしてきた「確かさ」、そのゆくえは?


おもしろそうでもあるが、やっぱりそれ以上に心もとない気分になる。

選択の面倒くささに辛抱できず誰かに丸投げしてしまいたくなる衝動。

便利になる裏で、人間の制御を越えた世界が待ってるような気もする。


…………………………


子供たちはこの世界をどんな感覚でつかんでいくことになるのだろう。
はて、ついてけるだろうか。いや、ついてかなきゃ生きていけないか…


新たな技術、新たな時代……もうバトンはとうに次の世代に渡っている。
それダメだぞ!…ズケズケとは押し込めない慎重な自分がまた顔を出す(笑)


世代間の対話、言うは易しだがやっぱりそうそう簡単ではなさそうだ。

まず何が違うのか、彼らは確かめ合いの土俵に上がってくれるだろうか…

いや、それを言うなら自分ももっと上の世代の話を聴いてやればよかったか…


遠近



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2018/02/23

避難



きのうきょうと久々の雨。ずっとカラカラ続きだったから有難い。

それでもポツポツと弱い雨だから、傘も要るか要らないか程度だ。


すると、道すがらこんな光景に出くわした。なんだこれは!?……

と思ったら、どうやら雨宿りのようだ。いつものお散歩中らしい。

屋根のあるところまで避難してきたらしく、おっちゃんこしてる。


すると、なにやらキャッキャッ声が聴こえてきた。なんだろう?


このゆびパパ
太っちょパパ
やあやあやあやあ
ワハハハハハハ
おはなしする♪

このゆびあかちゃん
よちよちあかちゃん
ウマウマウマウマ
アブブブブブブ
おはなしする♪


めんこい!&そうやって退屈させず遊ばせる先生たちもエラい!


◾童謡「おはなしゆびさん」
https://youtu.be/wg1AsB_MeeI


避難



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2018/02/21

追悼



北国から訃報が入る。札幌で生粋のジャズ通だった川田さん。西線の電車通り沿いでLush Life という店をやっていて、閉店するまでの3年間ほどかピアノを弾かせてもらっていた。2009年には釧路~網走、2011年には芦別~帯広のツアーも組んでくれたりしたが、早いものでもう10年近くになる。


歳は15くらい上だったと思うが、人好きでお茶目なところもあって、それが過ぎると脱線することなきにしもあらずだったが、若造の自分にも隔たりなく接してくれてずいぶん話をした。ひねったジョークを競い合ってのバカ笑いも。


懐かしのLush Life(南10西14)

追悼



とりわけ1950~60年代のジャズにはめっぽう詳しくて、レコードも雑誌もコンサートのプログラムも驚くほどどっさり持っていたから、ずいぶん聴かせてもらったり見せてもらったりした。博物館でもやったらと言ったら、いやいや自分が愉しむだけでいいと笑っていた。


その昔、航空会社にもいたということもあってか無類の旅好きでもあった。アメリカには何度も渡っていて、それに大のクルマ好きでスピード狂だったからレンタカーで大陸を縦横無尽に突っ走っていたらしい。「route 66」のことを語り出したらいつまでも終わらない(笑)


唯一の写真、右が川田氏

追悼



そんな初老でありながら歳を感じさせない、若者以上に精力的で元気いっぱいだったおっさんが今度はほんとに旅立ったという。人の止めるのをよそにまたスポーツカーでスピード違反してるかもしれない。あの顔も声も、今でもありありと浮かんでくるからまったく信じ難いのだが、ここはこうして書くことで納得させるしかない。


いまちょうど店内には、こともあろうに「left alone」が流れ始めた。ジャッキー・マクリーンのあのアルトサックスが、まるですぐそこで吹いてるかのようにグサグサッと刺さってくる。


こんなことぐらいしか今は書けないが、少しは追悼になったか。そういえば、今朝この店に来る道すがら、ついに梅が咲いているのを見つけた。長い冬にもようやく先が見えてきて、これも小さい春ということなのか。そして、なんだろう、去るものもあれば来るものもあるということなのか。合掌


追悼



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2018/02/20

自適



朝一番乗りはやっぱり気持ちがいい

通勤ラッシュの雑踏もここは別世界
この店は部屋を暖めて迎えてくれる


慌ただしく混み合わないのも嬉しい
そういえば駅からは少し離れている

そんなだから、あくせくさせられず
ゆったりと想いに耽ることができる


それでも少しずつ客がはいってくる


お、学生だ……ノートを出して勉強だ
今度は年配の女性……文庫本で読書だ

次は営業マンか……PCで仕事らしい
お、おっちゃん……競馬新聞に赤ペン


長時間お断わりの貼り紙もないから
それぞれ自分流で思い思いに過ごす

それを眺めてるのもまたいとをかし


…………………………


流れるジャズ、これがまた落ち着く
昔入り浸ったジャズ喫茶が少し蘇る

そういやそれでずいぶん曲を知った
リクエストなんてのもあったっけ…


ただ、最近は曲名がすぐ出てこない
何度もやった曲だと少しガックリ…

いや、そんなときはこうして励ます
名前がどうした、問題は中身だ!(笑)


なぜだか演奏者は意外と思い出せる
おぉ、この音はブッカーリトルだべ

なら、俺はまだ憶えてるかと次の曲
ゆるりそんなやりとりもまた愉しい


…………………………


こうして 200円で粘る午前中3時間
気づけば、あの若い頃に戻れている

違いは夜型から朝型へ激変したこと
あと、あの頃は5時間粘ってたよな

さすがあの貪欲さには追いつけない


あ、きょうはこの本を読むんだった

そろそろこのへんで耳をふさごうか
そして、この指もいったん止めよう


こうして気の向くまま風の吹くまま
てなことをまたダラダラ書いている


自適



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2018/02/18

伝統 (2)


(前回からつづく)


そんなわけで今はネガティブにではなくポジティブに本籍地を変えないことにしている。


…………………………


脈々と続くものにはやっぱりそれなりの理由があると、いつしかそう思うようになった。

意識するしないにかかわらず、それを打ち消せるほどどうやら人は強くないらしいのだ。


先日亡くなった西部邁によると、「伝統」とは無力で儚い人間にとっての最後の依り所。

時代という細い綱を渡る時、バランスをとってなんとか落ちずに済むあの棒と同じだと。


若い頃はそんなものに頼ることなく、何を思ったか「何でもできるぞ!」で突っ走った。

今思えばこれも底の浅い西洋かぶれで、見たくれの全人感にただどっぷり浸かっていた。


…………………………


「上っ面でもいいからとにかく早く個になれ」……思い返すと戦後教育には煽られっ放し。

結果、家族の営み、季節の行事、生活の作法、自然との協調、ことごとく壊されていく。


気づいてみれば日本のことをほとんど知らない。そりゃそうだ忌み嫌うよう教えられた。

外国人に問われても答えられないから、そうした基礎のない不確かさを不思議がられる。


そんなことを繰り返すうち自信のなさはどんどん募っていくばかりでどうにもならない。

自分も目覚めたのがやっと50を過ぎてから(笑)、それからは少し勉強するようになった。

で、洋物からも一旦離れてみる。少し基礎が見えてくれば何かまたできるかもしれない。


そして独りで今を謳歌できてるつもりでも、嫌でも思い知らざるを得なくなるのが無常。

自分大好きを刷り込まれ、それが過ぎて、気づけば皮肉にもいまみな孤独の絶壁にいる。

宗教の支えあっての西洋の個人主義、それをこの国では上辺だけ真似て支えも手放した。


…………………………


そんななか只一つ確かなのは、自分がいるのはその前に何代にもわたる先祖がいたこと。

そしてその先人達が長い年月をかけ獲得した知恵、それでようやく今に生き抜いてきた。


そんな当たり前のことに気づいて、やっと初めて何か大きなものに包まれてたのを知る。

少し根を張れた安心からか、無闇に意気がっていたあの無駄な力もスーッと抜けていく。

そして、力むことで遮られてた内側の力が不思議と自然に無理なく湧き出るようになる。


余談だがこのへんは音楽も同じで、身体に力が入ると逆に響きの豊かな鳴る音は出ない。

力まかせでゴリゴリ独りよがりグチャグチャなだけの音、これも不安がそうさせていた。

これは打撃も投球も、水泳もジャンプも、ダンスも芝居も恋愛も営業もみな同じらしい。


皮肉なのはこの種の気づき、なぜだか昔から一定の歳を重ねてということになっている。

そして、ムダにみえても徹底して真逆を寄り道してみたうえでということになっている。


伝統 (2)


…………………………


ちなみに西部邁も若い頃は全学連の委員長、その後突き詰め突き詰めそうなって全うした。

札幌信濃小出身で一度話を聴いた。南高→東大と進んだが母と2人貧しかった子供時代。


簡単に易きに流れがちなマスを、それ以上にそうさせようとするマスメディアを嫌った。

そんなこともあってか特に晩年は偏屈者扱いされたが、実際は人間好きで情の人だった。

経済学から始まって和洋の思想~文化、何より枠にハマらない底知れぬ知の巨人だった。合掌


伝統 (2)



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2018/02/17

伝統 (1)



用があって戸籍謄本を取り寄せることになり、そこでつらつら思い浮かんだことを少し。


本籍地というのは全国どこに定めてもいいそうだが、自分はずっとそのままにしている。

思えば戸籍制度自体を無用と考えたこともあった。あれは観念に暴走した熱血青年の頃。


血統、身分、イエ、…これらにハメ込むことでしか個人を見ようとしない臆病な現状固定。

管理側の都合だけなのだからぶっ潰したほうがいい、できないなら放っておけばいいと…


…………………………


さて、それからというもの居所のほうは転々、住民票の住所は10回以上書き替わった。

そのたび戸籍も一緒に変えちまおうかとも思ったが、いや、考えのほうが変わっていく。


【住所が儚くも移り気なものなら、せめて戸籍の記憶くらいはとどめておいてもいいのでは…】


自分でも驚くほどの変節ぶり!どうやら知らぬまに少しずつ大人になっていったらしい(笑)

そんななわけで今はネガティブにではなく、ポジティブに本籍を変えないことにしている。


…………………………


先祖が蝦夷地に入った450年前、これでなんとかその記憶を少しは繋ぎとめれそうだ。

ただそのぶん、謄本抄本の取り寄せにはえらく時間もかかって面倒なことこのうえない。

それでも時代に逆行するこの非効率不便さがまたえらく心地よくも感じるから不思議だ。


いっそ蝦夷地に入ってくる前の信州、戸籍をそこまで戻してみようかとも思ったりする。

住所は先へ先へと更新する一方で、戸籍は過去へ過去へと遡る…なんだかおもしろそうだ。


個人~点~転々~横~空間~住所

世代~線~孫々~縦~時間~戸籍


自分が今どこにいるのか、その立ち位置というのはつい不確かで見えにくくなりがちだ。

それを知るには、横だけでなく縦も、その両方をクロスさせておいたほうがよさそうだ。


こうして、脈々と続くものにはそれなりの理由があるはず、そう思うようになっている。


(つづく)


伝統 (1)



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2018/02/15

散髪



立派な1本のクスノキ

冬もずっと緑で有難い


葉がびっしりもっこり

床屋さんが来てくれた


内側に鋤き鋏を入れる

チョッキンチョッキン

バサッ、バサバサッ!


散髪



翌朝みると激変した姿

こうなるともう別人だ


…ああ、スッキリした!

スースー風通しがいい


すっかり気分も軽やか

これで春を迎えられる


…ん、待てよ、自分の頭は?

一緒に頼めばよかったか……


散髪



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2018/02/13

見栄



嗚呼、ブランド、ブランド、ブランド、……


脱亜入欧、文明開化の劣等感から解放されないどころか、いまだにそれを得意がる人たち

誰か他人が造りあげた虚構にすり寄ることでしか上に立てないと信じる自信のない人たち


外の目を過剰に意識するあまりそんな見かけばかりに奔走、ハマって抜けられない人たち

自分だけならまだしも子供たちまでもそこにハメ込んで喜びに浸ることを疑わない人たち


この国の将来を導くエリートのつもりで、逆にどん詰まりにしてることを知らない人たち

服を並べてそのなかからアルマーニを選べと言われたら、よもや間違えないよねの人たち


などと、ついつい辛口になってしまった人……



◾アルマーニ標準服問題、保護者が語る「泰明小を取り巻く環境とまなざし」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180210-00010001-huffpost-soci


見栄



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2018/02/12

逆境



道すがら見つけたこれ。いやあ小っちゃくてめんこい♥️

どうやら金柑(キンカン)らしい。こんな寒いのにエラい!


逆境



古くから喉の痛みや咳への薬用としても使われたという

そういえば今年のインフルエンザ、まだ警報が解けない…

そうこうするうち今度は花粉も飛び始めてる、ゲンナリ


お互いこんな逆境だけど、頑張ろうねキンカンちゃん♥️

ここはやっぱり頬ずりだな、と近づいてみたら人の庭……


逆境



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2018/02/09

居所



はるか向こうには山々が連らなる
手前にはびっしり家々が建ち並ぶ

ぼんやり眺めてると時間を忘れる
そしてふと不思議な気がしてくる


ここだって元は雑木林だったはず
こうなったのはいつからだろう?

人が居着かなければ街は出来ない
先人はなぜここにしたのだろう?

そして縁もゆかりもなかった自分
どうして今ここにいるんだろう?


すると、静寂を破るガタンゴトン


家の合間を縫って人々が行き交う
東西南北、電車が街と街とを繋ぐ

そうか、まだまだたくさんある街
そういえばほとんど何も知らない


…………………………


思えば進学~就職と渡り歩いたが
はて、なぜそこを選んできたのか?


これもなんとなくでハッキリしない
広げてちゃんと比べてはこなかった

というよりどこも金太郎飴に思えた
どこにいようがナショナルミニマム

はて今はどうなんだろう、同じか?


ガタンゴトン、ガタンゴトン…


ひっきりなしに電車がやってくる
東西南北、縦横無尽に縫っていく

音に誘われてほかの街を想像する
はるか向こうには山々が連らなる


居所



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2018/02/08

日影



やっぱりお陽様のチカラは凄い
場によってこれだけ違ってくる

あらためて自然の妙に感服する


が、陽があるからまた陰もある
これまた世のことわりなりけり

ああでもないこうでもない…(笑)


すると、ふと古い記憶が蘇った
隣りどうしの建築をめぐる紛争


…………………………


法の規制レベルに従う設計でも
日影になる側が新築を許さない

こっちが先だ、そりゃ関係ない
あんたが悪い、おまえが悪い…


お互いに我を張って妥協しない
0か100か、勝つか負けるか

生死がかかる話でないのだから
なんとか譲り合えばいいのに…


既得権に固執したのは大学教授

民主主義やら憲法をもちだして
最後、とうとうこう言い放った


「あんたみたいのがいるから
世界は平和にならないんだ!」


日影



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2018/02/06

余生



降った雪が2週間たっても残ってるのは関東では珍しい。
日陰にはまだまだあちこちにあって、それも結構な量だ。


余生



すると、道端にはこんなものも……ぽっかり穴があいてる。
おそらく誰かがあけたのだろう、中を覗くと意外と広い。


これはもしかするとカマクラのつもりなのかもしれない。
キャッキャッ親子ででも楽しく遊んだあとなのだろうか。


それはそれとしてこのままだと危ない、幼児、野良猫…
東京人は珍しさあまって雪を甘くみてるところがある。


余生



公園をみると、やっぱりまだ中ほどには雪が残っていた。
日中も気温がなかなか上がらないからそのせいだろう。
一面真っ白だったのが消えるでもなくどっちつかずの姿。


飽きっぽい人間、感激も最初だけであとは邪魔者扱いだ。
何にしてもハッキリしない中途半端は敬遠されるらしい。
あれだけ喜ばれたのに今はなんだかすまなそうにしてる。


余生



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2018/02/05

記録



この本、帯のフレーズに誘われる


「散歩がもっと楽しくなる」

「変わりゆく街を記録する」


持ってみたらずっしり重く分厚い
千円を超える文庫本は初めて見た

でも面白そうだから買ってみよう


…………………………


この人は前にもこんなのを書いてる
おもしろかったので今もとってある


「東京23区物語」1985年

「新東京23区物語」2001年


街の新旧、はかなげな移り変わりを
淡々と見つけ出してはおもしろがる


これでおよそ15年ごとの街の変化
について比べて眺めることができる

こうして折々で書き綴ってるうちに
いずれは貴重な記録になるのだろう


…………………………


泉麻人は飄々としてるところがいい
好奇心にあふれてて筆致も軽やかだ

おふざけもウイットに富んでるから
センスに思わずニヤッとさせられる


ただ、どんなに柔らかくて軽妙でも
本人はこれは社会学だと言っている

見識と教養が、前面に出るのでなく
こっそり潜んでるのがいいのだろう


思えば昔はこういう隠居が結構いた
こっそり隠れてなんでも知ってる人

そんな人も次々いなくなってるから
まだ橋渡しする人がいるのは心強い

ほか山田五郎なんてのもいたりする
長く活躍していってほしい人たちだ


…………………………


問題はこんな人たちがいてくれても
それに興味をもつ人がいるかどうか…

これまで住んだ街もずいぶん歩いた
いろいろ調べたりでおもしろかった


街には必ずいる郷土史家のような人
その人たちの話を聴けるのは楽しい

こうした本が全国どこにも出てきて
街に好奇心をもつ人が増えればいい


記録



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2018/02/04

立春



きのうが節分できょうは立春

と思ったら

またまた寒波到来でブルッ!


まだ少しの辛抱ということか

日は少しずつ長くなってるが

春の予感というほどでもない


ほっこりするのが待ち遠しい

と思ったら

こちらさんはもうぽっこり…


立春



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2018/02/01

相反



早いもので今日から2月、如月


先月は関東も大雪に見舞われた
あれからもう今日で10日目だ


ほとんど融けたところもあれば


相反


まだこうして残るところもある


相反


…………………………


同じビルの日向と日陰でこんなに違う


「陽と陰」…両方一緒にあるから有難い
両にらみでやっと見えてくることも……


対立の二者択一で捉える向きもあるが
どっちが良いとか悪いでもなさそうだ



この類いは、挙げていけばキリがない


「表と裏」「明と暗」「暖と寒」「南と北」

「天と地」「左と右」「男と女」「都市と農村」


どれも、どちらが欠けても成り立たない


…………………………


それに、どっちに身を置こうがたまたまのこと
その都度一々、一喜一憂してもいけないらしい


そういえば、言い伝えもいろいろある


降っても晴れても

春の来ない冬はない

人間、万事塞翁が馬

勝って傲らず負けて腐らず

禍福はあざなえる縄のごとし


…………………………


相反する相手がいなければ面白くない
そもそも自分を知ることすらできない


「悲」を知らないと「喜」も感じられない

「悪」を見ないと「善」の判断もつかない

「貧」の体験なければ「富」も有難くない

「濁」がなければ「清」にも気がつかない



ここ最近、けなし合いばかりが目につく あっちは嫌だ、こっちでなきゃダメだ…


相手憎しで、やっつけたくなったとしても
ほんとに葬り去ればこの世の終わりらしい



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