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2018年1月の23件の記事

2018/01/30

時間



あれは札幌の北24条でアパート暮らしをしていた昭和57年のきょうのことだ。夜10時を過ぎて帰るなり電話がけたたましく鳴った。何度もかけていたらしい。受話器をとると友人Kの叔父さんだった。

その言葉に立ち尽くした。Kが旅立ったというのだ。札幌から実家のある函館に戻って療養生活、退院したばかりでそろそろ復帰も近いかという矢先のことだったからどうにも信じられず、あまりの驚きに受話器を持つのがやっとで声が出なかった。


ひととおり話を聴いて受話器をおく。すると急に身体が震え出した。それがどうにも止まらない。落ち着こうにも意志に反してガタガタと全身が震える。こんなのは後にも先にもこの時だけだった。


…………………………


思い出したようにシバレきった部屋のストーブをつける。そしてなんとか珈琲をいれて落ち着かせた。すると、こんな時は不思議なものでそのまま過去に浸りそうなところだが実際にはそうではなく、函館へ向かう段取りだとか職場への連絡だとか、当面の対応についてさてどうしたものかと、意外とクールな事務的なことに頭が切り替わっている。気づけば震えは止まっていた。


ということで、親しくしていたもうひとりの友人が歩いて30分くらいのところにいたから、身支度をしてまず伝えに行くことにした。真冬だったから毛糸の帽子に手袋、そしてマフラーのほっかぶり、重装備だ。外へ出ると前が見えないくらいの大雪になっている。


その友人のアパートまで雪をかき分けなんとか辿り着いて、言いにくいことをこれもなんとか伝え、とりあえず翌日以降の段取りを話し合う。時計を見るともうとっくに日をまたいでいて、泊まっていけという。そのままコタツのなかで仮眠。夜が明けるころになってアパートに戻った。大家が早起きして雪かきをしている。記録的なドカ雪だった。少し手伝ってから部屋に入り函館へ向かう支度を始めた。


時間


…………………………


Kは小学校からの幼な馴染み、高校こそ違ったが同じ函館だったからつきあいは続いた。鼓笛隊~吹奏楽~指揮~ピアノ~ロック、1学年上だったがとにかくずっと音楽三昧の同志で、自分が札幌に就職するとまたバッタリ再会、今度はジャズに誘われた。ヤツはまだ学生だったが一緒にトリオをつくったりでジャズ漬けの生活を送る。


享年27できょうが命日、数えてみればもう36年が経つから、逝ってからのほうが断然長くなっている。あんなにたくさんの出来事があったのに、そんな短い命だったのかと今となれば驚くしかない。待てよ、生きてれば63ということになるのか………はて、自分はといえば、生かさせてもらっているのは確かだが、それからというものいったい何をしてきたのだろう。それで彼岸と此岸、何が違うというのだろう。


…………………………


時間というのはつくづく不思議なものだと思う。人間、時間が経つと記憶も薄れる。世間ではそんなヤツがいたことすらだんだん忘れられていく。有名無名を問わず誰だって同じことだ。が、これも世の無常、定めなのだからしかたがない。


大きな時間の流れのなかでみると、僅かな一瞬を刻んだだけなのかもしれない。大きな世界のなかでみると、砂粒のような一点を、すぐに見えなくなってしまうことを知りながらポツンとそこに置いてみただけなのかもしれない。ほんの一頁、いや一行だ。ただ言えるのは、そのほんの一行がヤツには懸命に違いなかったということ、そして自分には大事な一行だったということくらいだろう。


そしてヤツの写真がほとんどない。まあ、これも記憶のなかにはいつも出てくるのだから写真の有り無しはたいしたことでもない。そして、もし生きてたら今はどんな姿になってるだろう、たまにそんな想像もしてはみるのだが、結局最後はまたあの頃の姿に戻ってしまう。きっと想像したってしようもないということなのだろう。


結局、残ってる写真といったらこの1枚くらいだ。本職はウッドベースだったから、「おい、そんなエレベ姿、やめとけや」、どこからかあのシャイな声が聞こえてきそうだ。が、これしかないのだからしかたがない。大丈夫、ウッドを弾く姿はこの目に、そして音はこの耳に、どっちもしっかり焼き付いている。不思議なことにこればかりは時間は関係がない。


時間



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2018/01/28

源流



1月も終わりになって今さらだが、正月には家で雅楽を流すことにしている。いったん部屋にこれが流れ始めると、どんなボロを着てたとしても心の内側が清酒で浄めたかのように真っさらになる。あれは50に近づいた頃だったか、新しい一年はそんなふうに始めたいと思うようになった。汚れが一線を越えたかもしれない。


ということで今年もまたそうやって元旦から流し始めたのだが、たまたま今度はテレビをつけたら、なんとそこでも雅楽が流れた!……すると、これが「音楽の源流」という番組。おお、おもしろそうだ、どれどれ?ちゃんと正座して見てみよう。


源流



すると、旋法のことやら楽器の配置のことやら、これを歴史背景とも絡めながら分かりやすく解説、ふんだんに映像も盛り込まれたりでずいぶん丁寧に作られている。そしてなかなか骨っぽい内容、最後まで引き込まれてしまった。


源流

源流



今に伝わる音楽や舞踊といった芸能が、もとはといえば神事の一環として始まったこと、そしてそれが雅楽の場合、実は農業を営みの中心に据えたこの国の暮らしに深く関わってきたこと、なんとなくは分かっていたものの、その辺が一層鮮明になってふむふむスッキリ。西洋との違いまで話を広げてくれたから、そこも含めて音楽というものの全体を大づかみで理解させてくれた。


終わってから、番組表で説明を読んでみる。すると、なんだかやっぱりずいぶん意欲的だ。


今回が第1回で「神話に見る芸能の原点~雅楽~」とのこと。はて、そうであればこの先、どんな話になっていくのだろう次回も見てみたくなってきた。そして、これだけの番組を企画制作しようというのだから、あの金満NHKなのだろうなと思いきや、これがなんとローカルの三重テレビだったから、ますますたまげてしまった。素晴らしい!


源流



ちなみに自分の音楽との関わりといえば、気づいたときにはもうピアノだった。選択もなくそうだった。なぜ今になって、振れ幅の大きい一番遠い向こう側にある和楽器に興味を覚えるのだろう。


いろいろ考えてみるのだが、おそらくはその選択の確証を欲しがっているのだと思う。そこが何もないままにここまできてしまったことに、まずはともかく全体を眺めまわしてみたい、本来ならそうすべきだったはずの手順に従ってみたい、そんな想いが歳とともにもたげてきたようなのだ。


何を今さらという気がしないでもないが、いきなり専門過程ばかりをやってきた人が足を止めていったん教養過程に立ち戻るような、よくある話だがそんなところなのかもしれない。どんなにまわりくどくても手順ほど大事なものはないと、強くそう思う今日このごろであった。


源流



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2018/01/27

増税



なんと、また値上げの発表
それも命の綱の安タバコを


下層から始める増税値上げ
どこまで搾り取るのだろう


調べたらほぼ毎年のイジメ

(2014) 240→250円
(2016) 250→280円
(2017) 280→310円
(2018) 310→350円


これでも「生かさず殺さず」?

みんなやめたらどうするのか?
元も子もなくなるはずだが……



さて、また延命策を考えねば


なんとかまた本数を減らそう
3箱→2箱→1箱→……

あとはまた食べ物も減らそう


昔なら暴動が起こったはずだ
労働者階級も大人しくなった


それをいいことに、いつやら
財務官僚は鞭もつ女王様に……

ここまでくるとこっちだって
イジメられすぎてもう快感……


◾「わかば」「エコー」など6銘柄 4月から値上げへ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180125/k10011302401000.html


増税



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2018/01/26

無人



あの大雪からもう4日になる。これは、その月曜の昼にさしかかった頃の公園。雪が降り始めてわずか1時間ほどで一面真っ白になった。


無人



この公園、いつもは近くの保育園の子供たちでいっぱいになる。先生が連れてきてはヨチヨチ、キャアキャア歓声が飛ぶ。


それがどうだろうその後何度か来てみたが、さすがに寒いということもあるのか、ずっとガランとして人っこひとりいなかった。


北国なら一斉に飛び出してきて雪遊びになりそうなものだが、そんな歓声が聞こえないのはなんだか寂しい気もする。深々とした新雪にゴロゴロころがってみたり、レジ袋でソリすべりしてみたり、雪のかけやっこをしてみたり……


なぜだろう、そういう遊びを知らないのか、いや、手袋・帽子・つなぎ、…びしょ濡れになっても構わないようなウェアではないからなのか。だとすれば、地方の暮らしぶりによって同じ子供でもやっぱりずいぶん違いがあるんだなぁ、そんなことを思いながら、あらためてきょうまた寄ってみた。



すると、あちこちにたくさん足跡が!おお、親子で雪だるまでもつくりに来たのかもしれない、小学生が雪合戦でもしに来たのかもしれない。


そんな光景を想像するだけで、なんだかこっちまで浮き浮き嬉しくなってくる。……ただ待てよ、こうして誰かが来て踏みしめること多くなればなるほど雪が消えるのも早くなる。それはまたなんだか寂しい気もしてくるぞ。そんな気持ちが入り混じりながらの、消えない今のうちにのパシャッ1枚。


無人



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2018/01/25

余裕



大雪のあとの後遺症、歩きにくい道路
凸凹、ガリガリ、ツルツル、びしょびしょ…


大人はみんなもうウンザリ、急げ急げ!
すると、子供はキャッキャッ!大喜び!


はて、人の余裕とはどういうことだろう…


余裕



ちなみに、これが今の気温。関東では何十年ぶりかの大寒波とのことで大騒ぎだ。


余裕



ただ、悪路にせよ気温にせよ、自分は道産子なのでまだまだ余裕、むしろ生き返る(笑)

と思ってちなみに函館を調べてみた。するとこれが-11℃!もう見ただけでブルブル!


余裕



そうか、いい気になるな、エラそうにするなってことか?

……はて、人の余裕とはどういうことなのだろう(笑)



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2018/01/24

定点



さてあの大雪はどうなっただろう

外に出ると嘘のように融けている


北海道なら3ヶ月かかるところだ

確かにきのう昼は10℃を越えた


ということで定点観測パシャッ!



きのう

定点


きょう

定点



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2018/01/23

大雪 (2)



慣れない雪道、通勤もままならず



大雪 (2)


大雪 (2)


大雪 (2)



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大雪 (1)



凄まじかったきのうの関東のドカ雪

一夜が明けると街はすっかり雪化粧


大雪


大雪


大雪



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2018/01/22

初雪



雪国には申し訳ないが、なんだかやっぱり嬉しい…

メディアはこの世も終わりかのような大騒ぎ



◾「初雪」動画(0:07)
youcut_20180122_114700770.mp4をダウンロード



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2018/01/21

逢引



来ない……

逢引



………来た!

逢引



あれ!?

逢引



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2018/01/19

遠音



「平成」になってもう今年で30年目、官房長官だった小渕さんが紙を見せて発表したときのことはよく憶えている。職場の同僚何人かと作業場にあったテレビで見ていた。

それがついこのあいだのことかと思っていたら、風の噂では何やら来年にはまたもう次の元号になるという。光陰矢の如し、ほんと月日が経つのは早い。そんななか、さらにこんな話が飛び込んでくるとやっぱり溜め息が出てしまう。


通い詰めていた老舗の閉店というのは、これはもう大切な人の訃報のようなもので、それなりに長く生きてもう馴れてきたとはいえ、それでもやっぱりどうしても引きずるものがある。

札幌の名曲喫茶「ウィーン」。狸小路の西のはずれ7丁目にあって、喧騒をかいくぐるようにしながらここまで辿り着くと、いつもそこにひっそりと待ち構えてくれていた。


遠音


…………………………


クラシックの名曲喫茶といえば、敷居の高そうな立派な構えやら調度品を備えていたり、しまいにはああだこうだと蘊蓄を聞かされるそんなどこか偉そうなイメージがあるが、ここの店は、名前は「ウィーン」でもまったくそういうことがなく、むしろ場末感というかアングラな感じが漂う好きな店だった。そういえばトイレがこの時代になってもなお水洗でなくボトンだったが、そんなことすら何の違和感もなかった。


もちろん決してこだわりがないというわけではない。音響機器は立派なものだったし、かけるレコードもえらく幅広くてセンスのよさが光っていた。それでもマスターも女性もツンとしたところがなく、腰が低くてただ黙々と珈琲を入れ、運び、レコードをかける。客への迎合も馴れ合いもないから、その淡々とした距離感がまた今とは違う昭和的な玄人さが感じられて、なんとも自分には心地よかった。

来る客もパーティ帰りの着飾った人たちというよりは、その辺のおっさん風だったり、ラ・ボエーム風の質素な学生だったりと、地下への階段をトントン降りながら俗世を離れ、そして異空間で静かに自分を取り戻しにくるといったそんな風情の人たちばかりだった。


…………………………


自分も、もともとクラシックから始まった人間だからかもしれないが、狸小路5丁目界隈にたくさんあったジャズ喫茶でファラオサンダースやらアーチーシェップやらを聴いたあと、なぜかふらふら幻覚夢遊病者のようにこの7丁目までやって来て、気づけばバッハやモーツァルトに耳を傾けていた。


ジャズといえば、このすぐ隣りに「アフターダーク」という店があって、もう10年ほど前かそこで月3回ほどピアノを弾いていた。始める前には家を早めに出て夕方あたりからここ「ウィーン」で一服、心をサラにしてまったり時間を過ごす。いま思えば、ひとつどころに狭くならないよう内側を広くしておくそんな戦場へ向かう前の儀式だったやもしれず、ひょっとするとそうやってバランスをとっていたのかもしれない。だとすれば、この「ウィーン」はそのたび無垢な原点に戻るためのかけがえのないベース、独り瞑想できる自分にとっての地下秘密基地だったのだと思う。


…………………………


聞けばマスター高齢ゆえの閉店とのことで、こればかりは外野が惜しもうが悲しもうがどうにもしかたがない。若者のアジトとしてあれだけたくさんあったジャズ喫茶にしても、今はほとんどが消えて久しい。


狸小路には町衆に知り合いも多いが、これら専門店の老舗も少なからずやはり閉店に追い込まれて空き地になったりつまらないナショナルチェーンに変わったりしてずいぶん様変わりした。道民誰もが憧れる最先端の商店街だったあの狸小路、今や見る影もないが、まあ、これも世の無常なのだから嘆いてばかりいてもしようがないのだろう。

残るのは、誰もが若々しくて意気揚々、あれだけ盛り上がった時代が確かにそこにはあったということ、そして何の因果かたまたまそこに出くわすことになって楽しい時間を頂くことができたということ、ただそれだけだ。盛者必衰の理とはよく言ったものでまさにこのことなのだろう。嗚呼、昭和は遠くなりにけり……今できるのは、その一期一会にただ感謝するのみ。


◾「名曲喫茶:札幌の老舗 12/30に閉店」毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20171224/ddl/k01/040/024000c


遠音



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2018/01/18

交差



郊外にある駅近くの喫茶店
7時開店ですぐ満席になる

切れ間なくこの調子だから
座るのもそう簡単ではない

なのでゆっくりしたい時は
なるべく一番乗りをめざす


そして端っこの席に陣取る
全体を見渡せるのが好きだ

ぼんやりしながらしばらく
様子をみてるとおもしろい

客が入れ替わり立ち替わり
なんだかみなアクティブだ


…………………………


手帳に予定を書き入れる人
新聞をざっと読んでいく人

パソコンでひと作業する人
慌てて講義の準備をする人

珈琲で心身をあっためる人
今のうちまとめ喫いする人

町内会の打合わせをする人
言葉巧みに商品勧誘する人

流れ着いたようにみえる人
荷物をもって旅行に出る人

楽器をおろして瞑想する人
仕事帰りだろう寝ちゃう人

恋人と待ち合わせをする人
ゲームでストレッチする人

クロスワードに没頭する人
ゆるり気ままに読書する人

そんな様子を眺めてる人(笑)


…………………………


ほんとに様々でおもしろい
顔つき、姿かたちも色々だ

出身地もみな違うのだろう
いや、最近は外国人も多い
アンケートでもとりたい(笑)


そんな慌ただしくも乱れず
諍いもなく淡々と進む時間

すぐ目の前の相席も許して
ぶつかりそうでぶつからず

誰が差配するでもないのに
得も言われぬ不思議な秩序

世界でこんな都市も珍しい
これも日本人がもつ底力か


てんでバラバラの都会だが
それでもここはその交差点

どこからともなく集まって
どこへともなく散ってゆく

せまい空間に肩寄せ合って
独りそれぞれの時間をもつ

一見おとなしくて静かだが
膨大なエネルギーが隠れる

みなここで気持ちを整えて
それぞれの一日をはじめる


交差



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2018/01/16

燃焼



ジンジン底冷えの街に、なぜか真っ赤に燃えるこの花

雪国育ちには、何度見てもなかなか信じがたい光景だ

寒さが厳しければ厳しいほど、見るたびホッと和らぐ



あれ?この感じ経験がないわけでもないぞ、何だろう



う~ん、……あ、そうか思い出した、やっぱりあれか

厳寒の雪景色のなかで赤々と燃えるあのストーブの炎


薪、石炭、…メラメラゆらゆら燃えてみんなを誘った

あ、そういえばアンカに入れる豆炭なんてのもあった

若い人はもう知らないかもしれない、あのリアルな熱


燃焼



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2018/01/14

先達



「おお!これは!もしや方丈の庵を結びて終の棲み家とす……ですね?」


「夜臥す床あり、昼居る座あり、一身をやどすに不足なし……だニャン」


「……………ゲゲッ、読んでる!」


知恵



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2018/01/13

足早



朝7時半、足早の「一億総活躍社会」



足早



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2018/01/12

早出



朝6時半、夜明け前の「働き方改革」



早出



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2018/01/11

順序



年が明けたと思ったら正月気分もどこへやら

巷はすっかり普段に戻って、そしてテレビまで…



花「あら、あなたったらまだそんなとこにいたわけ?」

餅「そういうあんたこそ、早すぎなんじゃねぇのか?」


花「お正月もうとっくに終わったわよ、ノンビリさん」

餅「てやんでぇ!きょうでやっとお役御免の日だい」


花「あら、わたしが順番でもまちがえたっていうの?」

餅「そうよ、最近のテレビはせっかちすぎていけねぇ」


花「じゃあ、待ってるからさっさと食べられることね」

餅「…………」



ということで、きょう1/11は鏡開きの日

有難く頂戴しますね、まずは「花より餅」


◾鏡開き/時期・由来・意味
https://sk-imedia.com/kagamibiraki-3666.html


順序



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2018/01/10

師匠



何に気兼ねすることなく堂々と

チラッ、こっちも一瞥するだけ


それなりに大変だろうに野良猫

それでも誰に媚びるわけでない

きょうもまた颯爽と歩きまわる


何だこの貫禄は、風格すら漂う

吾輩は人間だがまだまだである


師匠



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2018/01/09

晴着



きのうは成人の日、街のあちこちで初々しい晴れ着姿を目にした。

いいなあ、歳に関係なくなんだかこっちまで清々しくなってくる。


そういえばこうした光景、北海道ではあまり街で見かけなかった。

そうか、雪もあるからきっとほとんどがクルマ移動だったんだな。


この日はあいにく天気は下り坂、午後からは冷たい雨がポツポツ。

それでもひとりで電車に乗る人は多い、成人式に向かうのだろう。

親元を離れた地方出身者かもしれない、なんだか応援したくなる。



そういう自分は成人式に出なかった。仲間もほとんど同じだった。

新宿区役所からアパートにお祝いの国語辞典が送られてきただけ。

東京の学生はなぜか役所の行事には一切あっちを向く時代だった。


なのに今はどうだ、目の前のお嬢さんにもエールを送りたくなる。

健気な姿に肩をポン、「がんばれよ」とでも言ってあげたくなる。


ただ、「キャア助けて~」なんて言われると困るからここは自制。

ひと昔前の田舎なら、気兼ねなくそんなやりとりもできてたのに。


はたと驚くのはそんな時だ。あれ!?この俺もすっかり都会人?…


晴着



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2018/01/07

覚悟



昭和49年(1974年)のセ・リーグは熱かった。V9ジャイアンツを中日ドラゴンズが止めたのだ。結果、子供のときに憧れていたあの長島も引退することになる。地方が中央をやっつけたという点でも大きな節目になった。折しもこの国は経済では20年続いた高度成長が終わって、政治にしても流れは中央集権オンリーから地方の時代へと移り変わりの兆しをみせるそんな時代になっていた。


この年はちょうど東京に出た年で、アパートの四畳半には唯一質流れのテレビがあって、このドラゴンズの優勝を決めた試合も見ることができた。いま思えば春からずっとドラゴンズ三昧で、湯島にいた友人の下宿でも、近くのラーメン屋でも牛丼屋でも、そして雀荘でもパチンコ屋でも、ラジオの中継に釘付けで聴きまくっていた。神宮球場へヤクルトVS中日戦を観に行ったりもした。


そんなだったから、メンバーは今でも簡単に思い出せる。監督は与那嶺だった。ヘッドコーチは近藤。

(一)谷沢、(二)高木、(三)島谷、(遊)広瀬・正岡
(左)井上・大島、(中)谷木、(右)マーチン
(捕)木俣、(投)松本、星野、三沢、稲葉、…


ピッチャーは、左の松本、右の星野の2枚看板で、松本はいつも安定していたが、星野はどちらかいえば好不調の波があった。というのも、勝負を避けるべきところですら愚直で真っすぐ向かっていくタイプだったからだ。器用に立ちまわれる性格ではなかったのだ。それほど球速があったわけでもなく、また針の穴を通すようなコントロールがあったわけでもなかった。が、とにかく気合いが凄かった。それだけで相手を圧倒したといっていい。それが時には空回りに終わってずいぶん王選手に一発見舞われる場面も多かった。


覚悟


…………………………


倉敷商業から明大に進んだ星野は、そこでの島岡監督との出会いがその先を決定づける。厳しさのなかの愛情を徹底的に学んだという。今なら表面的にも優しく見せなければ誰もついていかないが、当時はまだその優しさを裏に隠してわざわざこれみよがしに見せることがなくても通用した。いや、通用するくらいに厳しさが中途半端でなく徹底していた。


……実際、神宮での早明戦で後にこの島岡監督を何度も見たが、小柄で小太り、ペンギンみたいにひょこひょこベンチから出てくるような、どちらかといえば滑稽にも見えるウダツのあがらないよれよれ爺さんだったが、なぜかそのもとで明大は他の大学よりも選手たちがチームとしてひとまとまりになっていた。


星野仙一が引退してからの監督としての功績は、一々挙げるまでもないが、中日~阪神~楽天、一見乱暴な体罰監督にも見えたが、裏ではやはり情に厚かったからだろう選手も離反することもなく勢いに圧されるままついていった。でなければ各チームの再建、どん底からの優勝はなかった。


…………………………


怒鳴りつけても殴りつけてもその裏には相手への思いやり情熱がほとばしる。何をやっても本気なのだ。声にそれが現れている。そんな真っすぐなところが、眉毛が八の字なところも含めてなんだかえらく親父にソックリ似ていた。だから、どうにも他人とは思えないような身近に感じるところがあって好きだった。一度も会ったことがなくても、自分のなかではいつも気になる親戚の叔父さんのようなそんな存在だったかもしれない。


こうしてみると、野球が好きで好きでたまらない少年のような心持ちでそのまま野球道に邁進していたような気がする。そして今度はそれを弟子に熱く伝えて次代に繋げていく。そんな一途なところは、タイプは違うがいま話題の貴の花とどうやら共通するところがありそうだ。去年の或るインタビューで監督業には何が一番必要かと問われ一言、「覚悟」と答えている。決めたことを信じてまわりから何を言われようがブレずに貫く、その覚悟さえあれば必ず選手はみんなついてくると。


この星野、上司にしたい人のトップになったこともあるというから、意外と若い人たちの中には、最近のおどおどヤワな表面的優しさだけで遠くにいる目上よりも、もしかしたら、こうしてづけづけハッキリ真っ直ぐ向き合って近づいてきてくれる昔の雷親父みたいな人を求めているところがまだまだあるのかもしれない。嗚呼、昭和は遠くなりにけり、……星野仙一70歳、惜しい人が逝ってしまった。こんな熱い人がいなくなると、なんだか世の中がまたもっと寂しくつまらなくなりそうだ。合掌


覚悟



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2018/01/05

初詣



遅くなったが初詣に行ってきた。こちらに来た最初のころは、せっかくなのだからと大宮氷川神社、東京湯島天神、……大きな有名どころを選んで遠く足を伸ばしていたが、去年からは身近な地元の小さな神社に行くことにしている。


なぜかといえば、大きなところはやっぱりごった返していてこれが半端でない、とにかく人に揉まれて疲れるだけ。若いときと違ってそれがどうにも落ち着かなくなってきた。新年の真っさら晴れ渡った心にはやっぱり空いてる場所が似合っていて、そのほうが静かでゆったりとお参りすることができる。


…………………………


案の定、自宅から歩いて10分のこの神社には、もう三が日が済んでいたということもあったが、会った参詣客はたった2組だけ。ちょっと寂しすぎる感なきにしもあらずだが、そのぶんやっぱり清々と心が洗われた。


この氷川神社、あちこちにほんとたくさんあって何だろうと思って調べてみたことがある。すると、出雲国から武蔵国に渡ってきた人たちが関わったらしく、一の宮は有名な大宮氷川神社。これを筆頭に東京・埼玉の荒川流域を中心になんと大小約200もの社が点在しているという。そんな経緯もあってか古くから地元密着の神社になっているとのこと、確かに自分の住む街にも5つもある。


このうち参詣したのは今回これが3つ目になるが、どれも集落ごとに社をもって地域の人たちが大切に守ってきたこと、その歴史が今に脈々と繋がってきていること、その場に佇んでいると不思議なものでそんな気配がひしひしと伝わってきた。


…………………………


もうひとつこうした神社がいいなと思うのは、大勢が群れになって忙わしなく集まるよりも一人ひとりが大きく見えること。今回は自分の前に一組、10人ほどが一緒に来ていた。なんだかずいぶん時間がかかっていたが彼らがお参りを終えて入れ替わるときには、自然に「こんにちわ」が口から出て自分でもびっくりした。相手も「こんにちわ」「こんにちわ」……地方の田舎でもあまり見なくなった光景。


よく見ると、知的障害をもつ人たちのグループだった。施設の職員とおぼしき人が2人ついていて、グループでの外出を引率するのは大変だろうなとも思ったが、それでもとてもにこやかだったのが印象的で、おかげで一層心を澄み渡らせてくれた。


ということで今度は自分の番。ガランガラン!そして二礼二拍手一礼。終えて後ろを振り向くと今度は中年の男性がひとりこちらに向かってくる。すれちがいざま「こんにちわ」「こんにちわ」……なんだかここは尾瀬の湿原かと間違えてしまうような爽やかなやりとり(笑)。お互いこんな素直になぜだろうとも思ったが、やっぱりこれもおそらくは少人数ローカルの為せるわざということなのだろう。すると、人間回復、ルネッサンス、…なんていうふだんは思いつかない言葉がふとよぎった。よし!それならできればこの気持ちを忘れずにこのまま1年、この調子でよい年にしていくぞと思いながら今年の初詣は終了。


初詣



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2018/01/04

参拝



正月恒例、最上階まで上がって参拝する


朝7時だと街はまだ無音、気持ちがいい
空気も澄みきって100km先でもクッキリ

山肌は朝日を浴びて赤みがかかっていた
街にいながらこうして拝めるのは有難い


…………………………


そういえば初めて富士を見たのは新幹線
受験でいざ京都へ乗り込んだときのこと

「おお!……するとビュン、あれ!?一瞬だ」


滑るような超特急、これが良くなかった

もう少しゆっくり願掛けできていたなら
今ごろはおそらく関西弁になっていた(笑)


…………………………


思えば昔は江戸からみな歩いて富士詣で

「やんや遠いなあ……おお!でっかいぞー」


それが今の子は飛行機で空から見下ろす

「ふ~ん、言うほど高くないじゃん」??



こうしてみると山はそこにそのままだが
いつの世も変わるのは人間のほうらしい


わずかな間でのこのめざましい技術革新
20世紀に入って、電気、原子力、IT…
そして21世紀は、再生医療、人工知能…


科学技術のスピードはほんとに凄まじい
が、心はついてけぬまま置いてきぼりだ


…………………………


ちなみに

この国では山を最後のタノみにしてきた
折々で掌を合わせ信仰の対象にしてきた


明治以降、それがどんどん切り崩される
欧米に追いつくためだと切り捨てられる

戦後は成長と称してさらに国土を荒らす
山や川が耐えきれずついに反乱を起こす


我々は幸か不幸かその成りゆきを見てきた
辛うじて少しは古い民話も聞いて育った


山には神がいて見くびるとバチがあたるぞ

今の子はどうだろう、ほとんど知らないか…



その山が自分より下に低く小さく見えて
別に全然偉容を誇るわけでもないのなら
次はどこにどんな拠り所を持つのだろう


時代にふさわしい新しい感覚で、何かきっと
智恵を絞って代わりを見つけてゆくのだろう

せいぜいそこが危ない所にならなければいい
我々にできるのはそれを祈ることくらいだこの山に


参拝



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2018/01/01

賀正



あけましておめでとうございます。


我が家では元旦早々から新春麻雀。

パイを握るのはなんと10年ぶり!


でも、少しすると幸い感触も戻り、

ポン、チー、……ツモ!、ロン!


ええ~!?うそ~!?……アハハオホホ

懐かしい正月の風景となりました。


ということで

皆さま、よい年となりますように。

今年もまたよろしくお願いします。


賀正



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