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2017年12月の22件の記事

2017/12/30

年越



さすが師走、街のあちこちで猫まで走り出した

いよいよ彼らも年越しの用意をはじめたらしい


よし、そっと近づいてみる

と、身じろぎひとつしない

同類と見てなのか無警戒だ


よし、ここは話しかけてみる

と、沈黙、……何も答えない

あれ?意外と冷たいぞ


よし、腰を下ろしてしばらく観察

と、目を逸らさずこっちを見てる

敵意はなさそうだが真剣な眼差し


人でもこんなに見つめ合ったことはない(笑)


あれ?なんだろう………

ほんとは何か言いたいのか?

好きなのか?(笑)


………いや、やっと分かった

ほかでもない

人間て変な動物だよな、どれどれ…

向こうもこっちを観察していた!(笑)


そうかやっぱし!世のなか自分だけで
まわっているわけではないのだな…


…………………………


いや、こんな猫につき合ってる場合じゃなかった
こっちだって忙しい、もうすぐあと2日で新年だ

腰を上げる

ところで、猫はともかく主役の犬はどうした?


………あ、いた!


すると

犬「もういいか~い?」

猫「……ま~だだよ~!」


今か今かと舞台のソデで待機
とっくにスタンバってるらしい

なんだか紅白歌合戦の歌手と
そのマネージャーみたいだ


ということでシャンシャン♪ よいお年を


年越



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2017/12/28

御用



早いもので今年もあと4日、いよいよ1年の締めということで、多くの会社ではきょうで一旦の区切り、あしたからは年末年始の休暇に入るようだ。


たまりにたまった書類を整理してゴミに出してみたり、部屋をすっかり片づけ雑巾を手にして拭き掃除してみたり、お偉方は挨拶まわりに出向いたり出向かれたり、そうやって朝からみな慌ただしい1日を送る。


夕方近くにもなると、あれだけ物が山積みされてまったくスペースのなかった机の上も綺麗さっぱり、なんということでしょう!遮るものは何もなく広々風通しのよい大平原のような風景になって、同僚どうしで互いに冷やかしたり冷やかされたり……ただ、これもとりあえず目に見えないところに隠してるだけだから、新年になるとアッというまにまた元に戻ってしまうだけなのだが(笑)、まあそれでも「ああ、1年が終わったな」と誰もが一様に、いつにない晴れ晴れとした顔になるのだった。


…………………………


最後はいよいよその机の上に酒とツマミが並べられて上司から挨拶、乾杯をして慰労し合う。ああでもないこうでもないを語り合いながら三々五々「それではお先に、よいお年を!」なんて言いながら、或る者はそのまま帰宅、また或る者は帰るなんて勿体ないよと夜の街に繰り出す。


ただこれも、市民からのクレームがあった役所では、ある時からこうした最後の職場での打ち上げはやめてしまった。いくら時間外とはいえ、公務に打ち込むべき神聖な職場でアルコールで宴会とは何事だ!という厳しすぎるお咎めの声にひるんでのことだ。それからというものは、近くの居酒屋などに場所を移してやるようになったが、せいぜい年に1回の、すぐそのままなだれこめた解放気分も味わえず、なんだかずいぶんつまらなくなったのを憶えている。


そしてちょうどその頃からだ、この日の呼び方として定着していた「御用納め」という言い方、これもいっそやめたほうが安全だということで「仕事納め」という言い方に変えてしまった。やんや、なんだかそのまんま過ぎて、なんとも味も素っ気もなくてつまらない響きだよなと、当時の自分にはなんとはない抵抗感が残った。


…………………………


だがちょっと待てよ、そもそも「御用」って何だ?

何を今さらという気がしないでもないが(笑)、一応調べてみた。


すると


【御用】

①その人を敬ってその用事・入用などをいう丁寧語。

今はほとんど見かけなくなったが、近所の魚屋だとかクリーニング屋だとかが一軒一軒まわって注文をとりに来た「御用聞き」、これはここからくるようだ。


②朝廷や幕府などの用事用命。公用公務。

なるほど、いわゆる「御用達」はこれか。それと、自分を捨ててなりふり構わず権力にへつらう「御用新聞」 「 御用学者」というのもここからくるのだな。



こうしてみるとこの「御用」、どうやら古い時代にあった封建的上下関係、つまり、庶民が忠誠を誓わせられてどうにもかしづかねばならなかったあの「お上(オカミ)」、そのことと深く関係しているらしい。


許可をいただくにしても、仕事をいただくにしても、さまざまな場面でやはり頭を下げておかねばやっていけなかった時代のその名残り。果たしてそれが①でいう本当に「敬って」のものだったかといえば、きっとそんなことはまずなくて、ほとんどが内心は揶揄にも近い皮肉混じりだったのだろう。それでもやはり「御用」と言っておいたほうがとりあえず都合がいい、そんな言葉としてそれなりに便利だったから長い間使われていたのだろう。


…………………………


いずれにしてもこの「御用」、是非はともかくとして超然とした「お上」が「民は依らしむべし、知らしむべからず」で世を治めていた時代に、その民が下から上へ向けて使う(使わせられる)言葉だったのはどうやら間違いなさそうだ。すると、役人が自分からすすんで「御用」などと口にするのは、これはもう今の時代にはえらくいただけない話で、勘違いも甚だしい使い方だというのが分かってくる。そんな偉いのかお前は!という感じだ。


時代が変われば言葉も変わる。そんな当たり前のことも、それを時代が移っても相変わらず旧態依然とした言葉を使い続けるというのは、やっぱり時代錯誤だとしか言いようがない。そして、それが悪意もなく無意識のうちに漫然とそうし続けていることが一番まずくて罪なことだという気がしてくる。


御用



そしてこれは何も「お上」に限ったことでもなく、どんな集団でも、「内々の世界」にハマってなあなあの馴れ合いにとどまっていると、そこの肝心なところにどうしても気づけなくなってきてしまう。江戸時代の鎖国も同じことだと思うが、同じ似た者どうしだけで淀みっぱなし、鈍感に安住していると知らず知らず実はひたひたと外側が迫ってきていて、アッと気づいたときにはもう既に手遅れで足元をすくわれると相場が決まっている。


おそらくそうしたことは、世の中には今でもほかにもまだまだいっぱい溢れていて、そうすると、ナマぬるい仲良しこよしもいい加減ほどほどにしながら、誰か一人でもいいからよほど外に向けてアンテナを広く張っていないことには、哀しいかなやっぱりまた同じ失敗を繰り返すばかりなのだろうな、……などとつらつら思っていたら、なぜかふとあの寺山修司の「家出のすすめ」がよぎった。


あれは確か1970年代の初めだから高校の頃だったと思う。折しも、70年安保が終わって世の中にはいわゆるシラケムードが蔓延するようになっていた。そんな時に「書を捨て町へ出よ」とともにこの本が出て、おっと!闇の中で不意打ちをくらわされて覚醒、時代を揺さぶり若者を突き動かした。……そうか、やっぱり「鉄は熱いうちに打て」というから、あんな本をなるべく若いうちにたくさん読んでおいたほうがいいのかもしれないな、なんてことを指折り数えながら思ったりする今は暮れゆく2017年の年末なのであった。


御用



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2017/12/26

人々 (3)


(前回からつづく)


……夢に出てきた人たち、前回は芸能興行関係。最後は、また戻って地元の人。



夢⑦

戦後のドサクサ、親父は満州から命からがら復員するなり、なんとか一族を食わさねばならないわ、しかし何をしようにも元手はまったくないわで、さてどうしたものかと風呂敷1枚、海産商に頼み込んで売り物のスルメを一時拝借、それを大阪の闇市に持ち込んで売る、そしてすぐその金で今度は古着を買い込み町に持ってきて売る、そんな商いを始めた。


少し蓄えもできて世の中にも余裕が出てくるようになると、今度は東京御徒町の卸し問屋から古着・反物、指輪・ネックレス、トランプ・花札・麻雀パイやらを仕入れて来てはそれらを町で売る。昭和30年代に入ると、あの全国に大流行したフラフープ・ダッコちゃんまで扱って売りまくった。ちょうど自分が物心ついたころで茶の間はダッコちゃんだらけだった(笑)


売るといっても当初は店なんてのは持てないし、仮に持ったとしても黙って客を待ってるだけでは売れなかったから、風呂敷をしょって一軒一軒まわって売り歩く。それでも当たるのは百軒にやっと一軒だったらしい。そのうち、あいつは三十路にもなって商売一筋の働き者だと信用も広がってお得意さんもつくようになる。評判を聞きつけて上客のひとりになってくれた家具屋の旦那が、何を思ったか札幌の洋裁学校に出て二十歳になったばかりの四女を呼び戻し親父にくっつけた。それが母である(笑)


そんなふうにして何から何まで自分の体を使って物をあっちからこっちへと移動させる、それによって僅かな利益を頂くというまさに商いの素朴な原型みたいなことをやっていたわけだが、家にはそれら仕入れ品をさらにまた各集落に持っていって売ってくれるおばあさん達が出入りしていた。Yさん、Nさん、……そこからほんの些細な利益を得て暮らす人たちだったが、曲がった腰をものともせず遠い道のり、山から町までトボトボと歩いて下りてきた。親がたまたま不在のときには代わりにお茶を入れる。すると親が戻るまでの間、その集落の様子だとか戦時中の身の上話だとか、相手はまだチビなのにさまざま世間話を聞かせてくれた。夢に出てきたのはそのシーン。冬には茶の間にあがるや、シバれた背中を丸めて手をストーブにかざしながら茶をすすった音、これが今も耳から離れない。



夢⑧

実家は少し蓄えもできるようになると質屋も始めた。そろそろ経済の成長期に入り始めたとはいえ、それでもまだまだ戦後を引きずっていたからたくさん客が出入りした。今と違ってまだまだ人々に恥じらいがあった時代、人目を避けるのはもちろん、質屋を公然と言うのは憚ったいから七の言い換えとして一六銀行なんていう隠語まであった。


こうして客も多いから物がたくさん持ち込まれる。すると、いつ誰に何をいくらで貸したか、質草の台帳管理は欠かせない。その台帳は月に一度警察が来てチェックする。そう、盗難品の確認だ。学校から帰ると、なじみの刑事が茶の間にあがって世間話をしながら1枚1枚台帳をゆっくりめくっていた。その刑事の娘がついさっきまで一緒にいた同級生だったりした(笑)


そして帰りがけには、新たに発生した盗難品のリストを置いていく。それらしき物を預けに来た者がいたらすぐ通報してくれということだ。実際2~3度だったか、親が電話の前に立って声をひそめて通報したことがあった。そして警察が到着するまでの間、なんだかんだ気づかれないように世間話をしながら客を引き留める。なんだかテレビドラマ「七人の刑事」もどきのハラハラ場面に遭遇して小さな胸はドッキンドッキン。気づいて逃げようとした2人組が玄関を出たすぐのところで揉み合い御用となったこともあった。いま思えばずいぶんアブない時代だった。子供心に、やんや世の中さまざまで綺麗事ばかりでもないんだなやということを知る。そういえば親父は日本刀を所持していた。


こんなこともある。両親が婚礼で隣り町まで出向いた日の夜、兄とふたりで留守番をしていたら雨のなか玄関をドンドン叩く人がいる。帰ってきたのかと思って開けたらこれが甘かった。質入れの客、それもえらくゴツい男だった。酔っぱらってああでもないこうでもない、しまいに大声になってドヤしまくる。持ってきた質草をいますぐカネに替えなければ、子供に明日のメシを喰わせられない、親分から指を詰めさせられる、……なんだかよく分からないが(笑)とにかく物凄い剣幕に圧倒されてたじろいだ。もう少しで親が帰ってきますので、とにかくこれを百ぺん繰り返すしかない。その間30分ほどか、そのうちなんとか耐えきってやっとこさ帰ってもらったそのシーン。このときの夢はガバッと起きたら冷や汗。ちなみにこのときの経験は、後々はからずも大人になってからのクレイマーたちとの攻防戦に大いに役立った(笑)。が、それでもまだトラウマになってるか。


人々 (3)


…………………………


長くなったが、夢に出てくる人というのはざっとこんな人たちだ。東京組は別としてみんな町で細々と暮らすフツウの人たち。いま思えばこうしたさまざま大人たち、会社でなく身近なところにわんさかいてうろうろしてた。そして、チビだろうが相手構わずあっちからこっちから遠慮なしで関わってきたからえらく濃かった。当時の子供たちはみな、こうした大人たちの背中を見ながら憧れの対象としてみたり嫌って反面教師にしてみたり、はて自分はどんな大人になるのだろうと先行きを計りながら育っていった。


実家にはほかにも、代議士先生だとか、新聞記者様だとか、世にいう高いところにいるそんな人たちの出入りもなくはなかったが、いま思うにあまりタイプではなかったのだろう、少なくとも夢にまで出てくるということは今のところまったくない。こんなところも、いま思えば知らず知らず親父に影響されているかもしれず、とすれば、こうした大勢の大人たちとの関わり、そしてそれに対する親の立ち居振る舞い、子供の育つ環境というのはその後の人となりを決めてしまうのだからつくづくおそろしいものだと思う。


ということで最後、これらの夢がいったい何なのか、いろいろ考えてみるのだがよく分からない。たとえば一つには、よく言われるように歳を取れば気づかぬうちにだんだんといわゆる子供返りしていくというその証しなのか。……いやいや、もう一度また子供からやり直しできるものならしてみたいという何らか後悔のようなものの現われなのか。……はたまた、なんでもない単なるただの昔を懐かしむ郷愁にすぎないのか。……さまざま考えてみるのだが、やっぱりこればかりは答が出てこない。フロイトさんにでも分析をお願いしてみたら、さて一体なんと言うだろう……なんてことをつらつら考えているうちに、あれ?世のクリスマスフィーバーはアッというまに終わっていた。


人々 (3)



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2017/12/25

人々 (2)


(前回からつづく)


………夢に出てきた人たち、あれ?なんだか職人ばかりだ。いやいや、ほかにこんな人たちもいる。



夢⑤

ビクター専属歌手「大塚美春」。地元の浜の出身。当時の漁師は暮らしも楽でなかったから早々に家を出されて芸の道に入った。


これは里帰りの際、家に立ち寄ったときのこと。自分は小学校に入ったばかり、茶の間にあがって親といろいろ話していたが、そのときの言葉にえらく東京を感じ、地元訛り以外を耳にした初めてだったから、ヒャア!びっくり仰天。それと座布団に座ったその背筋がえらくピンと伸びていてこれにも驚いた。そしてなんだろうその襟足あたりから、これが都会の女性の色香というものなのか、なぜかプンと東京の匂いが漂ってきて思わず立ちくらみしたそのシーン。


その後の消息はわからないが、ネットを調べてみたら何曲か録音された歌がアップされていた。当たり前だが声はあのときと同じ……半世紀以上が一瞬でピュンと逆戻り。


◾「南国土佐節」大塚美春
https://youtu.be/9cUn84BQOSM


人々 (2)



夢⑥

こちらも地元出身の相撲取り、宮城野部屋の「大心」。故郷に錦をかざった折りのこと、実家は山あい奥深く入った農家だったがそこで何人かで関取昇進のお祝いがあった。まだ小3だったが親父が一緒に連れていってくれた。当時は本気で相撲取りになろうと思ってた(笑)。


ちゃっかり隣に座って、決まり手のことから大鵬や柏戸のことまでいろいろ話を聞くことができて嬉しかったが、酒が入り興が乗ってきたら今度は相撲甚句を歌ってくれた。これが朗々と高音が伸びてなんとも艶っぽい。そして夏だったから浴衣を上半身脱いでいたが、体がとにかく大きく立派で見事だった。自分も町一番の肥満児だったが見事完敗!そのときの肌がまた艶々すべすべ、ほんのり桜色でこの世のものとは思えないくらいに美しかったそのシーン。


この「大心」、その後幕内を10場所ほどつとめた。テレビにその姿が映るとなんだか不思議な感じがした。秋田出身の大関清国を素首落としで破った一番は今もハッキリ目に焼き付いている。その後、廃業して東京下町でチャンコ鍋屋をやっていたが5年前に他界。





ちなみにこの2人と出逢ったことで、田舎少年には漫画の本で知るだけだった花の東京がぐんと近いものになった。後々の東京行きは秘かにこのときに決まっていた。


あれ?どっちも芸能興業の人たちだ。では最後、また戻って地元の人。


(つづく)



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2017/12/24

人々 (1)



最近、よく夢に人が出てくる。それが不思議なことに全部幼い子供のころに出会った人たち……なんだろう。


主だったものを挙げるとこんな感じ。


夢①

実家の斜め前に住んでた大工のKさん。縁戚にあたる人で、まだハタチくらいだったと思うが漁師をやめ転職しようと町へやって来た。親父と一緒に駅に迎えに行ったときに、新調した大きな道具箱を肩に担ぎながら改札を出てきた。体は屈強なのに強い訛りでおどおど恥ずかしそうに挨拶したそのシーン。その後、すぐ近所に借家住まい、結婚して子供を2人もうけた。真奈美と勝美、めんこくてずいぶん遊んでやったがもう50は越えているか。


夢②

従兄がやっていた寿司屋で見習いとして働いていたK。まだ10代だったと思うが、身寄りがないところを親父がどこからか連れてきた。そのKが親父に言われてなぜか裏庭の穴掘り。手伝おうと小さいスコップで一緒に真似事をしていたら、ふらふら不良だったはずのKが一瞬だが兄のように優しい笑みを浮かべたそのシーン。そのあと行方がわからなくなった。


夢③

母の実家は家具屋で職人(あんちゃん)を5人ほど抱えていたが、M、T、K、……大人がそう呼ぶからその影響か生意気にも自分も下の名前で呼んでいた。要らなくなった木片だとかカンナの削り屑だとかを探しに工場によく遊びに行ったが、危ないときは注意されたが基本は放ったらかしにしてくれた。うるさい質問攻めにも苦笑いしながら答えてくれた。そのあんちゃんたちが休憩でストーブを囲みながら一服、その時だ、「来い」と言って輪のなかに入れてくれた。そこで得意気に車座になっておっちゃんこ、一緒にお茶をすすったそのシーン。あの腕っぷしの強かった日活映画ばりのあんちゃんたちも、今はおそらく後期高齢者だ。


夢④

実家のある通りは、今と違ってサラリーマンはいなくてほとんどが商売、店が軒を並べていた。そのなかにあった靴屋。せいぜい2~3坪の店で売るよりは修理がほとんど。Tがどっかと真ん中に座って日がなトントンやっていた。このTをタック!タック!と呼んではいつもそこに顔を出し、チョコンと横に座って見学。すると、作業で出てくる皮の切れっ端だとか靴クリームの空き瓶なんかを持ってけと言ってくれた。何か作るのに使えないかと考えるのが楽しくて、Tはまた来たのかこのチビと思っていたのだろうがこれも苦笑い。そんなこんなで一緒に世間話などしたシーン。


あれ?なんだか職人ばかりだ。いやいや、ほかにこんな人たちもいる。


人々 (1)


(つづく)



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2017/12/23

泰然



吾輩は野良猫である

そろそろ年の瀬の準備だニャン♪


泰然



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2017/12/22

冬至



きょうは冬至だそうだ
昼の長さが一番短い日


日の出は今は7時近い
半年前は3時台だった


…………………………


昔は「長い夜」が合ってた
シカゴを聴いた頃からだ(笑)

以来、完璧夜行虫の生活に


お陽さまが沈む頃に起きる
昇ったのを見てやおら寝る

この生活がしばらく続いた


サラリーマンだったことも
夢のようで思い出せない…


…………………………


それが一体どうしたことか
今ではすっかり夜が怖い(笑)


今はお陽様に合わせて寝起き
すっかり古代人と同じリズム

すると、理にかなってるのか
えらく心身ともに調子がいい


今からサラリーマンだったら
まだマシな成績を残せたか…

そういえば武士だった先祖も
その前は馬飼、その後は農業


…………………………


そんなこんなで、ここ最近は
夜の長い冬は半ば冬眠気分だ


でも、これから昼が長くなる
きょうはターニングポイント

もうすこし辛抱を続けてれば
いよいよ万物の活動期に入る


なんだかワクワク弾んでくる
何でもそうだが要は考えよう

気分とはほんと不思議なもの
風景までが違って見えてくる


冬至



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2017/12/21

共演



このところすっきり青空が続く


が、空気のほうはえらく冷たい

で、肩をすくめてとぼとぼ歩く


と、見事な色が目に飛び込んだ

え、どれどれ、そこまで近寄る


きれいだな…寒いけどウットリ

光の恵み、電気なんて要らない


それにしてもしぶとい枯れ葉…

わずかな木洩れ陽にも喜んでる



共演



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2017/12/20

無垢



気づけば今年もあとわずか。歳末は忙しない。やらなきゃなんないことがなぜかあれもこれもと出てくる。


そうはいっても、やっぱりギリギリにならないと何も手につかない。この辺は幾つになっても変わらない。


ここはキッパリ「よし!まずは心の洗濯だな」ということで一足早くクリスマス音楽を聴きに行くことに。


電車でピュン、池袋駅前の東京芸術劇場へ。ホールの勉強をしてた10年前に一度来たが聴くのは初めてだ。


無垢


…………………………


会場は満員。みな普段の恰好。クラシックもやっと脱鹿鳴館か、気軽で身近なものにしてるのがカッコいい。


で、パイプオルガン&ストリング&合唱、みんな上手い!サン・サーンスにうっとり……1年の垢を落とす。


素晴らしいアンサンブル、張り詰めたなかでみんな一つになっていった時、不覚にも奥底から込みあげた。


こんなことは初めてだ。クラシックでもジャズでもここまではなかった。やっとこさ素直になってきたか。


クリスマス音楽を聴くと一変に幼稚園のころに戻る。カトリックだった。今と違って素直で純真だった(笑)


心が隅々まで洗われてすっかりイノセント無垢になって帰宅。あんまり洗われすぎたか気づけば全身虚脱。


心機一転のはずが何もする気になれない。なんとかしようにもかえってよけい動けなくなってしまった(笑)


…………………………


そういえばピュアに走りすぎたあと、切替えできぬまま次の日働きに行きたくなくなることはよくあった。


一気に夢の中へと真っしぐら、そして我を忘れる、その余韻に浸るうち気づけばなかなか現実に戻れない。


いけないいけない、よし今度は負けないぞ、少し距離を置こうとするが結局いざ誘われるとまたふらふら…


不器用なだけか、はたまた好き過ぎるのか、……どっちにしてもアブナいアブナい、まこと音楽は魔物なり。


◾「Oratorio de Noêl」Saint-Saëns
https://youtu.be/Ktt7s7yDGxc


無垢



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2017/12/18

機知



ゆうべラジオをつけてたら、吉永小百合がラヴェルの曲を次々紹介していて、懐かしく聴き入ってしまった。


「ダフニスとクロエ」

「ピアノ協奏曲ト長調」

「水の戯れ」そして「ボレロ」


う~ん、百年以上経っても全然古くなくて瑞々しい!


…………………………


フランスの作曲家は、ベルリオーズ、サン・サーンス、フォーレ、サティ、……たくさんいるが、このラヴェルはドビュッシーとともに日本でもかなり人気がある。好奇心あふれる人で、世界中の民族音楽にも共鳴してずいぶん採り入れたから多彩だ。それまでにないまったく新しい音楽を創り続けたその姿勢に共感する人は多い。ジャズもそうで、ガーシュインは弟子入りまで希望した。チャーリー・パーカーも家ではずいぶん聴いていたという。


オーケストレーションも独特だ。楽器の特性を知り尽くしているから、この人にかかればピアノ曲も全然別の音楽に変身してしまう。ムソルグスキーがピアノ曲として作ったあの「展覧会の絵」も、ラヴェルのオーケストラ編曲のほうが有名になってしまった。


人気のある「ボレロ」も晩年の作曲だが、ひとつのリズムにひとつのメロディ、こんな単純な素材を少しずつ楽器を重ねていって、長丁場を全体としてどんどんクレッシェンドしていく、そうやって飽きさせるどころか知らず知らずあれよあれよと惹き付けていくそんな奇抜な発想と巧みな技にみな度肝を抜かれた。この曲に触発されてモーリス・ベジャールはバレエに振り付けてしまった。そして今度はそれをクロード・ルルーシュ監督が映画にまでしてしまった。


こうして革新の連鎖とはおそろしいもので、多くのジャズメンもそうだったようにこのラヴェルには人をインスパイアーしてやまないところがある。


…………………………


そしてこの「ボレロ」でふと思い出したのがこの映画。「仕立て屋の恋」「髪結いの亭主」のあのパトリス・ルコント監督がそのあとに撮った短編だ。もう20年以上前になるが、公開されたときに札幌狸小路5丁目にあった東宝プラザで観たのが今でも忘れられない。


最初から最後まで延々と同じリズムを叩き続けるスネアドラム、その人だけ一点にこれまた最初から最後まで延々とカメラを向ける、ただそれだけなのだが、それが可笑しくてたまらない。ラヴェルではないがルコントもまた奇抜な発想をする、負けず劣らず変な人なのだ。


一言でいうのは難しいが、単調なリズムに単調なカメラワーク、それが二重写しの構造になっているところがおもしろい。そして、単に皮肉ってるだけのようにも見えるがそれを通じていろいろ考えさせることになっている奥の深さがまたいい。軽さと重さとが表裏のセットになっていてどっちの側からみてもいいよという感じだ。分かるかなと潜ませて陰で舌をペロッと出している茶目っ気。そう、真面目なことを不真面目にやってるのだ。話はそれるが、思えば日本にも浅草にはこんなコント芸人が結構いた(フランス座!?)


一見すると、伝統的生真面目なクラシックファンからは「ふざけるな、これは冒涜だ!」とすぐにでもヒンシュクを買いそうなところだが、そんなことに臆することもなく、なんのなんのやっちゃえやっちゃえという軽妙で人間臭いところがいかにもフランス人らしい。こんなユーモア、ウィット、エスプリがたまらなく好きだ。ふざけたようで、どっこい気骨を感じるからだ。


以前書いたことがあるが、あらためて思うのは、こういったものひっくるめて一々反応してしまうのだから、どうやら自分は子供の頃から何の定めか、どこかやっぱりフランス人のおっさんたちの影響を受けて今があるらしい。

◾「振幅」音の細道 2014.11.10
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-e838.html


◾短編映画「Le batteur du bolero」
https://youtu.be/NCex9IjPNCo


機知



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2017/12/16

粒々



あれま、かわいらしいheart

赤々、仄々、キラキラ…


こんなのに出くわすと
冬でも心があったまる


粒々



じぃっと見つめてたら
なんだか何かに似てる


粒々、艶々、プチプチ……

あ、そうか、イクラだ!


粒々



イクラは今年は大不漁らしい

盗難品が高値で出まわって
実家の町でも被害に遭った


そう思うとよけいに
食べたくなってくる


そういえば故郷ではバラコと言った
ロシア語を使う必要なんてなかった

イクラと知ったのはサザエさん(笑)


バラバラバラコ…リアルな語感がいい
子供の頃は茶碗に大量にぶっかけた


…………………………


そんなこと思い出しながら見てたら
やんや、よだれが出てきてしまった

なんと、まだ条件反射するらしい(笑)
いけないいけない…犬でもあるまいし


想像力も勢い過ぎれば幻覚じゃん…

と、我に返ったそのとき

ガラッ!家の人が出てきた…run


粒々



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2017/12/15

孤高



sky silent, trees dead, ……leaf alive



◾「Solitude」Nina Simone
https://youtu.be/t3ZhnD7tI8A


孤高



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2017/12/13

位置



わっしょい真ん中で御輿を担ぐ人がいる

担ぐ人がいれば担ぎ上げられる人がいる

担ぎはしないが後ろをついてく人がいる


それを見て別の御輿を担ぎ出す人もいる


そこからは離れて眺めるだけの人もいる

眺めもせず初めから関わらない人もいる

全部やってみて今は何もしない人もいる


…………………………


こうしてみるとほんといろんな人がいる


性格だったりその時々の状況だったり…

ふと気づけばそこにいたという人も多い


何がそうさせるのかはよく分からないが

どの立ち位置を選ぶかは結局その人次第


そうやって引いて見てみるとおもしろい

そうかあの人は……ん?待てよ、あの人は…

いやいや、その前に自分はどうなのさ(笑)


位置



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2017/12/11

風歌



ふと居住歴を振り返ってみた
北海道と関東で7対1だった

関東は通算で8年目になるが
それでも体のほうが慣れない


夏はもちろん冬もまだキツい
風景もそうだがなにより空気

どうやら染み着いた雪国仕様
そう簡単に変われないらしい


…………………………


夏は太平洋からの湿った南風

これがそのまま直撃するから
梅雨~台風~中毒……ジトジト

とにかく毎日が湿気との闘い


それが一転

冬は日本海からの湿った北風

山を越え関東まで来る時には
すっかり乾燥、ドライになる

今度は鼻ツンツン~火の用心


…………………………


というわけで

街は干からびてカラカラだ
すこし湿り気が欲しくなる


お肌のほうまでカサカサに
雪国が懐かしくなってくる

キメ細かで透けるような白
嗚呼しっとりスベスベお肌


歩いていると今度は落ち葉
すっかりドライリーフに…

カサッカサッ、音まで乾く


一方で北海道は積雪らしい
季節はずれの大雪は大変だ

ザクッザクッ、こんな音か


…………………………


そうした風土だからだろう
こんな歌も生まれるはずだ

文部省の全国統一教科書で
雪国の教室でも歌ってきた

みんなで声合わせて元気に
が、何も分かってなかった

逆に関東の子供たちだって
「雪の降る街」は歌うだけ


実感まで引き上げるのなら
やっぱり体感が必要らしい

見知らぬ土地での体験発見
驚きがそのうち日常となる

そっかぁなるほどガッテン

歌が初めて体の底と繋がる
風が言葉となり音楽となる



【焚き火】

かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだ おちばたき♪

あたろうか あたろうよ
きたかぜ ぴいぷう ふいている♪


風歌



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2017/12/10

洋々



日がな寝そべって釣り

海の向こうには何が…

耳を澄ました少年時代


洋々



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2017/12/09

影絵



起き抜けに窓を開け放つ

冷たい空気が気持ちいい

こんな朝陽も久しぶりだ


振り返ったらフスマに影

おっと、おもしろそうだ


キツネさんはこうかな?

で、たしかこれが蝶々…

不思議だ、おぼえてる

壁に電灯、やったよな



あれこれ遊んでたら

すると、そのうち…


パッパッ、パヤッパッ♪
パッパッ、パヤッパッ♪

逢うときには い~つでも
他人のふたり~

ゆうべはゆうべ、そして
今夜は今夜~



おお!これは金井克子だった

イントロの振り付けが大流行

確か小学校のときだったよな


調べてみる

1973年の歌……44年前

あれ、それなら高校のときだ

そんな最近だったべか!?(笑)


デビューはもっと前のはず

がんばって思い出してみる


すると

東京五輪、白黒テレビ、グループサウンズ、長髪、ビートルズ、

トゥィッギー、ミニスカート、ヒップボーン、西野バレエ団、

レ・ガールズ、金井克子、原田糸子、奈美悦子、由美かおる……


芋づる式にどんどん出てきた!

やっぱり小学生のころだ

どうしてこんな憶えてんの?(笑)

小さいころの記憶ってスゴい


高校のころはもう興味もなく

すっかりロック~ジャズだ

部屋にテレビもなかった


それがなんで知ってるのか?

「他人の関係」詞を読んでみた

と、当時としてはキワどい

ドキドキしたのかもしれぬ


ということでもう一度やってみる

パッパッ、パヤッパッ♪
パッパッ、パヤッパッ♪

なんだか愉しい、やめられない……



◾「他人の関係」1973年
https://youtu.be/twnNUXbMnLQ

◾「レ・ガールズ」1967年
https://youtu.be/L4CkP40CmAM


影絵



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2017/12/08

時流



世のなかいつのまにかキッチリと清潔、「見た目」至上主義とでもいうべきか、まあ隅から隅までとにかく管理され尽くすようになった。こうした流れが始まったのは、あのオイルショックを経験して高度成長も一息つき、世の中が安定期に入った昭和50年あたりからだと思う。


ただそれでもその頃はまだ、管理側が狡猾にじわじわと触手を伸ばしてくることに対して、「ん?なんか変だぞ」庶民の側には少なくともそれに気がつくだけの嗅覚というか、見きわめていけるだけの眼はまだ残っていて「余計なことするな」と正しくハネ退けていたのだが、それが10年20年経つとそのうち知らず知らず巧みに去勢されおとなしくさせられていって、40年以上経った今ではもう自らその管理をむしろ欲しがるようにまでなっているから驚く。


いま巷では、なんと社員の残業を抑制監視するためにオフィス内にドローンを飛ばしてみようだとか、8K高画質画面への対策として毛穴を隠す化粧術を開発しようだとか、AI人工知能で暮らしを一変させて人間を疎外管理しちまおうだとか、そんなムダで危険きわまりないアソびを先端産業だとかいって奨励する気分がはびこっている。いくらやることがなくなったとはいえそこまでやるかという感じである。こうしたことをパイオニアと呼ばれる若い人たちが得意満面になっておおっぴらに語ったりしているのを見ると、もうゾッとしてしまう。ハッと振り返れば、皆がみな疑問をもつこともなくこうして管理の側にまわっているのだからほんとに世の中というものは分からない。こうなると、これはもう「過ぎたるは及ばざるがごとし」、目先のヤワな便利さ快適さにとらわれて人間社会の根っこをぶち壊そうとしてるようにしか見えない。


ちょっとの汚れも見逃さない、ちょっとのハミ出しも許さない、ちょっとの汗臭さにも露骨に嫌な顔をする。一人ひとりに清濁併せるだけの度量がなくなってるから、社会全体としての免疫力も明らかになくなってきた。みんながきっちり揃ってないと我慢ができない偏狭さ、ひとたびそれがよしとされれば、やはりこうなるしかなかったのかもしれない。そう、これはもう或る種の社会病理、「潔癖神経症社会」と言っていい。


まあ、世の大勢がそっちへ行くなら行くでこっちは構わないのだが、情けないよなぁ哀しいよなぁと思うのは、何よりそのことで我々マイナーの居場所というか生きる余地がどんどんなくなってきたことで、なんだか窮屈このうえなくてえらくつまらない世の中になってしまった。というのも、人にしても街にしても、自分としてはいまだにアクの強いバンカラで人間臭いものから離れられずにいるからだ。


…………………………


というわけで前置きが長くなったが、このところなぜか一気に巷にあふれるようになって嫌いな言葉が【おシャレなカフェ】………雑誌やテレビがよせばいいのに過剰にチヤホヤ持ち上げるものだから、いよいよ勢いを増してすっかり歯止めがきかなくなった。初めは若い人たちだけだったのが、最近では定年後の年輩のおっさんおばはんたちまでが緑のエプロンと三角巾なんかを身にまといながら「おシャレなカフェを始めました」なんてことを言ったりだから、もうこうなれば猫も杓子もこの言葉にぞっこん、ヤラれまくっている。


タカが喫茶店か食堂だ。まず、なんでわざわざ「カフェ」にしたいのかがわからない。そしてなんで「おシャレ」じゃなきゃダメなのか、これもまったくわからない。パリのカフェだって別にそんな肩肘張ったおシャレでもなんでもなく、タクシーの運ちゃんがブツブツ軽口を叩きながらエスプレッソを立ち飲みしたりしている。もしマイルス・デイビスが生きてたなら、「おシャレなカフェ!?……So what ?」と言うに違いない。


…………………………


そこで、いったいこれはどういうことなのかと考えてみる(笑)


「陰なアングラ薄暗さよりは、みんなパーッと陽の当たるメインの明るさへ」

「ぐにゃぐにゃ先の見えにくい曲線よりは、子供でもわかるハッキリスッキリ直線へ」

「生活臭いモノが近くに一緒に置かれるよりは、とにかく裏にぶち込んで隠しまくる」

「奥深くて魅力的な玄人っぽい分かりにくさよりは、底の浅い迎合的な素人っぽい分かりやすさへ」

そして「掴みどころのないバラバラでローカルな多様さよりは、いつでもどこでも効率的に管理しやすいグローバルな画一へ」


思うに、どうやら時代がまっすぐそんなところへ際限なく突き進んでいるようなのだ。


…………………………


そしてこの【おシャレなカフェ】がどこから始まったかとなれば、きっとこういうことだ。つまり、自分のことをどうしてもおシャレの最先端なのだと思いたがっている輩、そんな身綺麗な「デザイナー」かなにか知らないが、型にハメることを良しとする志のなさそうな人たちがいた。どこにでもありそうな画一的で味気ない店内装飾を「これが今のおシャレなんですよ」とかなんとか言いくるめては地方の隅々まで染めあげようとした。そしてこれをなんと呼ぼうかとなったときに、どうやら「おシャレなカフェ」にしようということに決めた。もちろんその後ろには、雑誌・テレビなどのメディアが隠れてしっかり糸を引いている。


さらには、そんな場に自分が客として身を置きさえすれば、中身はともかくもうわべだけは西洋人っぽい「おシャレ」な人にでもなれるんじゃないか、いまだにそう憧れる人たちがまだまだこの世の中にはたくさんいるということ、そこでお互いの暗黙の薄っぺら共謀関係が成り立ってしまったのだろう。


…………………………


【おシャレなカフェ】……言葉というのは他との差別化だから、どんな言葉を選んでそこにどんなイメージを張りつけようが確かに人の勝手だ。ただ、まあそんな流行り言葉にしても今やこのポンポン使い捨ての時代、雑誌やテレビがとりあげて騒げば広まるし飽きてやめれば廃れる、ただそれだけのことに過ぎない。


そんななかで、どうしても人より先を行かなければ気が済まない人たちというのは、そうした言葉がまだ珍しくて一歩リードを保てるなと思える或るところまではその優越感に浸る、そしてそれがそのうち一般に広まってみんなが使うようになってしまえばまた違う言葉をさがしてくる、そんなことをぐるぐるきっと死ぬまで何度も繰り返すしかないのだろう。そしてそこに取り巻いて追随、自分を頼りにできずあちこちただただその後ろをくっついていくよりほか生きていくことができない烏合の衆、これも結局同じことで死ぬまで我先にとあとをついていく。目立ちたがりの儚き煩悩………


そう考えると、そんな人たちはなんだか「おシャレ」はおろか、むしろ逆に、ただ単に軽薄でふにゃふにゃ芯がないだけの、それでもただ偉そうに振る舞いたいだけの、鼻持ちならない「品のない」人たちだとしか思えなくなってきてしまう。要は一言でいえば、成り上がり趣味の「ええかっこしぃ」「いいふりこき」でしかないということになるのだろう。そしてこれは今の政治の体たらく、中味よりは形だけ目立ちさえすればいい、質は問わずに数さえ集めればいい式のポピュリズムと結局その根っこは同じことのわけで……


残念なことに、この類いのことはまだまだあちこちにころがっていて、あ、そういえば「おシャレなジャズ」なんてのもあった。……とまあ、こうして書き続けていると、このままどこまでも止まらなくなりそうなのでこの辺でやめておこう。つい辛口になってしまった。どこかの誰かがやましい根性からほんの思いつきで作り出す「時流」というもの、それに大人しく黙ってホイホイ乗っかってみんなと一緒に軽く流されさえすればラクちんに生きられるものを、こうして簡単には媚びることのできないこの頑なさがますます世間を渡りにくくさせる(笑)……やれやれ、もっと素直に(鈍感に)生まれてくればよかったか……


時流



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2017/12/07

妄想



まだまだ……シーッ!

そう、最後まで気を抜かないで

そうそう、少しずつ少しずつ


まず、こっち………ひらひら

つぎ、そっち………はらはら

はい、あなた………はらほろひれはれ


>>デクレッシェンド>>>>>>

そうそう、そう、シーッ…………yeah!


無音……世界が止まった、うっとり



と、背後から静寂を突き破るダミ声

「あんた、それ指揮者か!?偉そうだな」


ハッ!我に返る

「あ、はい、…こらまた失礼いたしやした…」


妄想



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2017/12/06

振子



きのうはひさしぶりの小春日和

お陽さまが出ると一転ポカポカ


底冷え続きにはなんとも嬉しい

野良猫も日向ぼっこでまどろむ


すべては陰と陽との繰り返しか

ほんとにうまく出来てるものだ


振子



ただ、少々の変化なら有難いが

振れ幅が大きすぎるとさあ大変


こっちかと思えば今度はそっち

ついてくだけでもオロオロする


案の定けさはこの冬一番の寒さ


一喜一憂してるとヤられちまう

一緒にブレてると自分を見失う


へぇ(笑)適当な距離でつきあう

何事も人間万事塞翁が馬らしい


振子



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2017/12/05

迷子



おとといのこと、家へ帰ろうと思って歩いてたら声をかけられた

やれやれ、また美女からのナンパか……と思ったらこれが違った


「すみません、カラオケのさっちゃん(仮名)知りませんか?」

年の頃70くらいの女性、袋をひとつ下げて普段着だ


「え?このあたりなんですか?」
「ええ」


「ああ、僕もそう詳しくなくて……」
「このあたりのはずなんですけど」


「この先に昼間から聞こえるカラオケスナックはあるけど」
「あ、それはカラオケの信濃路(仮名)よね」


「それとは違うんですか?」
「それとは別、近いんだけど」


「住所はわからない?」
「………わからないです」


「じゃ、ちょっと待って、ネットでわかるかなぁ」

スマホで調べてみる

すると、辛うじて住所だけわかった


「ああ、これはずいぶん遠そうですよ」
「え?この近くのはずですけど」


「行ったことはあるんですか?」
「たしか1回行ったはずで……」


「そのときは歩いて?」
「………どうだったか」


地図をみせながら説明するが、まったくチンプンカンプン


「このあたりは行き止まりも多いし難しいかな」
「どっちですか、こっち?あっち?」

ずいぶんシンプルだ(笑)


「いや、まず線路の向こうに渡るだけでも大変なんですよ」
「そんなはずはないんだけど……」


「迷路も多いし、分かりやすいとこまで一緒に行ってみますか?」
「すいません、時間はいいんですか?」

カネならともかく時間ならいくらでもある(笑)

こっちも手探りだが一緒に歩き始めることにした


…………………………


ぐるぐる迷路を縫って、まずは線路を越える陸橋まで。
たまたまそこにあった表示板で住所をあらためて確認。


「さて、この陸橋、階段のぼって線路の向こうに渡りますよ」
「ふぅ、こんなに遠いとは(笑)」


「この先まだずいぶんあるけど大丈夫かな?」
「ええ」


「タクシーだと真ん前まで連れてってくれますけどね」
「………………」

言ってはみたが、裕福でもなさそうなところはどうやら同志だ


「きょうはあそこまではどうやって?」
「………………」


「どこかから電車に乗ってきたんですか?」
「ああ、そうそう。で、駅から歩いて」


「駅の出口、反対だったんですね。なら線路を跨ぐ必要がなかった」
「どうだか、ちゃんと出たつもりですけど」


「これだけ歩いて、きょう休みってことはないですか?」
「日曜日はやってるって聞いてたような」


結局、最後までつきあって探り探りようやく見つけた
建物にしっかり「さっちゃん」の看板、締めて30分

「あった!よかったよかった」
「いやぁ、ほんとすいません」


…………………………


で、玄関前に立つとそこに貼り紙が……


【本日、貸し切りのため休みます】


これを見てふたりでズッこけた!
悪い予感が当たってしまった……
しかし、そのあとはなぜか高笑い


「いやぁ、今度は電話で確かめてからですね」
「まさか、こんなはずでは……」


「どうします、駅に戻ります?」
「しかたないですもね」


「ここから駅までは行ける?」
「一度帰ったことあります」


「ついてかなくて大丈夫?」
「ええ、大丈夫」


なんだか心配だが、それじゃと別れ際
「すいません、これどうぞ」
「え?」」


ビニール袋、どうやら柿やらお菓子やらを詰め込んでいるようだ
持ち込もうとしたものなのか、せっかくだが丁重に断って別れた


…………………………


というわけで、あとになって思ったこと。


◾まずひとつは、巷ではこうしてスナックやら居酒屋やら、昼間からカラオケで歌う集いをあちこちでやってるんだなということ。いまや通天閣新世界だけではなさそうだ。

今ふうにいえば要はセッションだ。それを遠くから道場破りのように渡り歩いてる人がいることに驚いた。そういえば、ちょうどそのむかし歌声喫茶を謳歌した世代。こうして見知らぬ店にもかまわず飛び込もうとする勇気に脱帽。


◾もうひとつは、そういえばこのおばちゃん、ニコニコはしていたものの反応のほうが心持ち鈍かった。自分から手がかりを言ってくれるでもなく、こちらからいろいろ聞いても答えがなかったり……
……あれ?もしや、最近よくある徘徊だったりしたわけではないだろうな。この徘徊、いまや市から1日1回ペースで、捜索協力の依頼メールがくるほどだ。

考えてみるとこのおばちゃん、遠くから出向いたという割には、場所も道順も営業の有り無しも、事前に調べるとかの準備がまったくなくてすべてが出たとこまかせになっていた。単に楽天的なだけというのならいいのだが、おおらかなユルユル田舎ならまだしもこのキチキチ都会ではちょっと珍しい。しかも、出くわしたのが自分のような善人(笑)だったからよかったものも、もし変な人にでもつかまろうものなら、隙だらけだからどこか簡単に連れてかれてしまってもおかしくない。

まさか……そう考えると、他人事だと思ってただけにちょっと怖くなってきた。こちら側にもそうしたことに直面したときの心構えもノウハウも何も出来てないのがハッキリしたからだ。そして、もし逆にひょんなことで疑われ出したりしたら………


はてあのあと、ちゃんと帰れただろうか、……なんだか心配になってきてしまった。匿名の大都会、いまや団塊の世代もどんどん高齢者の仲間入りで増加の一途。脚力さえあれば電車で見知らぬどこへでも行けてしまう。すると、こうした難題が溢れるようにすぐそこまで迫ってきてるんだよなとあらためて実感させられるのだった。そして順番はすぐそのあとに自分たち………ええ~っ!?


迷子



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2017/12/03

交代



「サクラ」そして「さざんか」

散るものあれば、咲くものも


主役の交代、季節の循環、……

心惹かれるのはいつも変わり目


交代



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2017/12/02

辛抱



何だあれは、もしやミサイルか!?


辛抱



ん?な、何だ、今度はヒグマか!?


辛抱



いやいや違う、何だ!?


窓の汚れか?

触ってみる


いや、違う……


ここは鼻をくっつけて観察

と、どうやら虫みたいだ


外にしがみついているのか

いやいや、そりゃムリだろう

なら、ガラスの間か?



ずっと見ていたら

ピュン、飛んでいった……


凄い!闘ってたらしい

エラい!この逆境に耐えて……


孤軍奮闘なんだか貴乃花みたいだ

負けられないなと思った←何に?


辛抱



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