« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »

2017年11月の25件の記事

2017/11/30

再会



早いものでもうひと月が経ったが、旅先でこんなことがあった。さまざま感じることもありで、思い出しながら書いてみる。


…………………………


写真は以前使っていた my書斎。数々の迷文がここで生まれた(笑)。家のすぐ前だったとはいえ毎日毎日よくも通ったものだと思う。


再会



早朝7時オープンにまにあうよう出勤(?)、珈琲100円×2杯で3時間粘る。この習性は場所は変われど今も続いていてもう10年近くになる。そんな今につながる、いわば出発点ともなったのがこの店だった。

とにかく毎日のことだから考えてみると我ながらかなり根気強い。いったんやり出したら、ピアノもそうだがそう簡単にはやめない。


…………………………


そのうち店員の人と同じくらい店内を知り尽くすようになる(笑)

就職が決まって辞めていったアルバイトの学生を見送ってみたり、急増してた外国人観光客の道案内を一緒に手伝わせてもらったり、そして騒がしい客への注意、侵入する蛾の退治、何でもこなした。この喫煙室もほとんど自分のために造ってくれたようなものだ(笑)


ちなみに、このての店というのは若者だらけで年寄りはいないもの、このころまではそれが当たり前と思っていた。実際、いるのは自分くらいでほかに見たことがなかった。恥ずかしがってるのか、大人としてのプライドだと思っているのか、家にいたほうがいいということなのか……

ところが、それが東京になるとなんと年寄りだらけなのだ!ファストフード店なんて年甲斐もないとはまったく思っていない。中学生やら若いファミリーやらに混じりながら、全然気にせず新聞を読んだりクロスワードパズルをやったり町内会の集まりをやったりしている。近所の100円マックに至っては朝6時のオープン前からごっそり並んでいるから凄い!


こんなふうに全世代型交流拠点(笑)になっているから、そのぶん自分には人間観察の場としてえらくおもしろい。それに仲間いっぱいで、いやむしろ若手に見られてるのだろうから(笑)心強いことこのうえないのだが、はて、一方でこれがもし札幌でこうだったなら、いま思えばあれほど目立てなかったのではないかと思ったりもしてしまう(笑)


…………………………


さて話を戻すと、この時の旅は急だった。あちこちまわる割に時間がとれずバタバタ。新千歳空港に着くと、とりあえずまず前に住んでたところへと直行。そこでの用が意外と早く済んで、ここへ立ち寄ってみたという次第。


早いもので指折り数えてみたらここを離れてもう足かけ4年になる。ということで、中の様子を覗きながら少し緊張しつつドアを開けた。

すると当時からいた女性店員の人がまだいてくれたのでビックリ!この業界では珍しい。確かにアットホームで居心地がよさそうだ。


いくら馴染みだったとはいえ、もうすっかり忘れられてるだろうな…恐る恐る声をかけてみる。すると、……なんとしっかり憶えくれてた。

そして休憩中だったもう1人、飛び出してきて歓迎の握手まで……人前もあってさすがにハグとまではいかなかったが(笑)、満面の笑み。


…………………………


いやあ、この時代にまだこんなことってあるものなんだなと思った。


何につけても、いったん不義理ともなればなかなかこうはならない。ましてや商売、特に目先の利益ばかりになった今、何の得にもならない。

別にそれが女性だったからということで喜んでいるわけではない(笑)。「距離と記憶」…ある種田舎臭さにも似たこの感じ、そこが嬉しいのだ。


そう考えると、やはりクールなシティボーイにはなりきれないようだ。これが育ちというものかもしれない、争えないどこまでもつきまとう。どうしたってドライだけではやってけないどうやらそんな性分らしい。


店を出る。すると、これまた懐かしい光景が飛び込んできた。マンションの管理人さんだ。この季節になると必ずこうやって冬囲いを始める。ずいぶん世話になった人で、もう交代してるだろうなと思っていただけに嬉しい。近寄って声をかける。お互い4年の空白を埋めるように立ち話に花が咲いた。


再会


…………………………


ちなみに、今回は奇遇にもほかにも2人の懐かしい人を街で見かけた。


1人は懇意にしていた人、追いかけてみたが雑踏に見失ってしまった。1人は目の前ですれ違ったが面倒な人、一応黙礼したが知らんぷり(笑)


つくづく世間は狭いと、そして、街がそうなのかもしれないと思った。分散構造の東京に比べれば一極集中の街だと当然出くわす確率は高い。

女優の田中裕子がやっぱりそんなことを言っていた。時にはキツいと。匿名を通せるほうが解放されていいと言ったのは萩原朔太郎だったか。


…………………………


そう考えていくとドライとウェット、それぞれ一長一短があるらしい。

人間の数にも関係していそうだ。東京はドライだし田舎はウェットだ。この辺はハッキリしてて分かりやすい。自然、人は欠けたものを埋めようと心だけでも飛ばして両方を行き来させる。

すると人間やっぱり何につけても極端ばかりではやっていけない、そうできているらしい。であれば、これもきっとそこそこ適度なバランスが必要になるのだろう。


さてこの街はどっちだろう。ほどよいという人もいて定住志向も強い。どっちに偏るでもない自己完結型の安定感だとすればそれもなんとも羨ましい。これも見かたひとつで、どっちつかずでまとまりすぎ、飛び抜けがなくておもしろくないという人もいないわけではない。ただ、もし外側との比較なんてことを越えたところで満たされ続けていけるのならそれが一番なのかもしれない。


…………………………


なんてこと思いながら駅まで歩く。途中いくつか街の変化も見つけた。職場として通ったビルもきれいさっぱり跡形もなく消えていたが、まあ、坂口安吾流に考えるならそれも結構なことさということになる。


再会



最後、大通から駅までは初めて地下を歩いてみる。完成してもう何年になるんだろう。少し関わったせいかこそばゆい気もするが感傷はない。退勤時ということもあってかすごい人。足繁く黙々と続く黒い雑踏は東京並みだ。

通路が広いぶん、横何列にもなっての行軍の迫力には圧倒されかかる。そしてほとんど知らない人だらけ(笑)そりゃそうだ200万都市だった。


このまま終わるかと思ったその時だった。バッタリ同志だった2人に出くわした。喫茶店ですこしだけ話す。聞くとやっぱりこのスポットへの人の集中度はいまやナンバーワンらしい。


…………………………


駅に急がねば。また帰宅客の雑踏のなかに飛び込む。しばし歩いて地上へ出た。外はすっかり暗い。そして一気に寒さが沁みる。北の日没は早かった。

そして、あ、初雪前のこのなんともいえぬツンとした匂い!……まだ身体は季節の微妙さを憶えているらしい。

それでも少し薄れたか「距離と記憶」、ちょっとぼんやりな感じもするので隊列を離れ立ち止まってクンクンしてみる。すると、一瞬その空気の記憶がくっきり濃くなったような気がした。暫しうっとり………はたと我に返る。なんだか犬と間違われそうだ。切り上げてまた帰宅客の隊列に紛れ込む。



|

2017/11/27

超常



汽車から海を見るのが好きだ

どんどん表情が変わっていく


よさげなところを写真に撮る

家でゆっくり振り返ってみる


そのうちの1枚、見て驚いた!


これはいったい何だ!?

さっぱりわからず????

いくら考えても思い当たらない


風邪で朦朧としてるからその幻覚か

とも思ったが、そうではなさそうだ


理解不能だとなにやら落ち着かない

何だろう、ずっと考え込んでしまう


ようやく下がりかけてたはずの体温

今度は知恵熱か、ふたたび急上昇(笑)


…………………………


ま、いっか、それもまたよしか……

わからないが何かあったんだろう(笑)


いっそ常識から見るのをやめてみる

心を開くやシュールが近づいてくる


昔に比べて良い加減になってきた(笑)

なぜを突き詰めすぎて疲れた若い頃


科学ばかりを盲信させられたからか

不可知論などは徹底的に嫌っていた


…………………………


とかく理性だのみの日常ルーティン

なんとかして仮設の枠に閉じ込める


時に肩の力を抜くことも大事らしい

ここまで来るのに何年かかったか(笑)


旅好きになったのもそんなところか

驚きがなくなったら人生つまらない


音楽好きになった少年時代が蘇った

旅は眠らせていた感覚を呼び起こす


超常



|

2017/11/26

地図



風邪のおかげで、あと少し外に出るのは我慢しようと思うのだが、そうなるとこれがどうにもヒマでしようがない。

しかたがない、ぼんやり地図でも眺めることにしようか。ということで、娘が中学で使っていたお下がりの地図帳を引っ張り出す。


よくヒマをみつけて辞書を読むなんていう人がいる。目的もなくぼーっと眺めてるとやめられなくなってくるというアレだ。地図帳の場合も、まあほとんどあれに近い。日本だろうが外国だろうが、広げてずっと眺めていると、なんだかいま自分がそこにいるのではないかというくらいに妄想が膨らんでくる。


それに、おおかたもう知ってるぞなんてつもりでいても、やっぱりそのたび新しい発見が出てきてこれがネバーエンディングで楽しかったりするからやめられない。気づけば何時間でも眺めることになっている。こと地理に関していえば、今ある知識のほとんどは、そうやって覚えることになった子供の頃のアソビだった。空想&不思議発見(笑)


…………………………


まあ、ただ、今はこんな調子だし、あまり無理せずにやめとこう、……と思って地図帳をたたみかけたら、たまたまちょうど関東のページが出てきた。あ、そういえば長瀞に行ったのはいつだったか?富士山を見に行ったのはいつだったか?


それが去年だったのか一昨年だったのか、そしてどっちが先でどっちが後だったのか、どうしても思い出せない。なんだか全部が昔という一括りになってしまっている。

あやあ、これはヤバいんでないかい?こうなってくると、これはもう文字どおり「前後不覚」というヤツなんでないかい?


ましてや、現役バリバリのその昔に出張であちこち巡っていた頃の記憶となると、もうほとんど危うい。せいぜい、岐阜はあの仕事をやってた頃だから40代だったかな?、茨城は確かあそこに住んでたはずだから30代か?、大分のときは確かまだ子供が幼稚園だったから……などと別のことを持ち出しながら、なんとか繋げて大体のところを思い出すよりほかなくなっている。


よし、関東の旅はこれはまだ最近なのだから、いずれきちんと整理だな!きょうはこれでやめ!……と思ったら、やっぱり好きなのだろう、とりあえず記憶を辿りながらひとつだけ、ルート入りでこんなのを一丁上がりにしてしまった。これでまた1日回復は遠のいたであろう(笑)


2015.11「長瀞~秩父」
(東上線~秩父鉄道~西武秩父線~西武新宿線~武蔵野線)


地図


地図



|

2017/11/24

援軍



敵菌来襲!迎撃準備完了


援軍



|

2017/11/23

仮寓



風邪をひいたときはどうするか?布団のなかで横になる、これが一番だ

が、これが退屈でしようがない……外に出られないのは自分には地獄だ(笑)

そんなだから、することもないので徒然に思い浮かぶことを書いてみた


…………………………


「家は狭いに限る」……高校で下宿したあたりからそう思うようになった


一軒家だった実家を出たとたんに四畳半生活、ここで世界が激変する(笑)

何でも手の届くところにあって超便利だし、探し物だってすぐ見つかる

掃除だって(といっても年に1回だが)チョチョイのチョイあっという間だ


これが怠け心に火をつけた、もとい、合理的センスに一層磨きをかけた

こうして狭い穴蔵こそ最高、自分にピッタリと感じるようになっていく

折りしも松本零士の漫画「男おいどん」が流行ってこれに拍車をかけた


というわけで、それからの15年はだいたい1間で暮らすことになった


…………………………


が、その後シングル卒業、子供が生まれたのを機に人並みの家を持った

郊外の庭つきマンション、3LDKにGピアノ、自分には驚きの広さ!

畳の部屋はフローリングに張り替え運動場にして子供と駆けっこした(笑)


12年そこに住んだが子供が小さいうちは伸び伸びできたのがよかった

そして幼稚園~小学校、さまざまあったから親の側も思い出は尽きない


…………………………


しかしそれもつかの間、あのバブルがはじけてデフレの波が襲い始める

と、ローン返済は定額のままなのに一方で資産価値は目減りしていく…


これは老朽化するしいずれ売れなくなって身動きできなくなるぞと直感

そんなわけで決めたら早い、バタバタと手続き、あっという間に売った

もともとそこを終の棲み家にしようとまでは考えていなかったのもある


…………………………


そんなわけで時代は「所有から利用へ」、また借家住まいへ戻ることに

せっかく持った城をなぜ?周囲からは驚かれたが、こだわりはなかった

さいわい同じ3LDKで都心部に大きく近づけたし支出も大幅に減った


そこで6年が過ぎ、今度は子供が家を離れて広さをもて余すようになる

で、また転居、今は2DKだがこれでも自分には十分すぎるくらい広い


…………………………


こうしてやってきたわけだが、そんななか1つ分かってきたことがある


家を充実して愛し過ぎると外に出る必要なく、ほんとに出なくなること

居心地よく何でも自由にできるようになればやっぱりすぐ帰りたくなる

個を大事にし過ぎることで、そのうち知らず知らず内向きになっていく


それがわかってきてからは、家にはモノを置かない揃えないことにした

なんだかんだ一番大事な家の基本はせいぜい夜露を凌いで寝られること

自分の場合、その基本を超えるモノといったらせいぜいピアノくらいだ


…………………………


ライフサイクルのなかで同居人数が変わると必要な広さも変わっていく

必要もないスペースがそこにあると必要ないモノまで持ち続けてしまう


ということで4年前、ほんとに必要なものは何だろうと考え断捨離決行

これが半端ではなかった、家具、楽器から、本、ビデオ、写真まで……

想い出の品にしても、頭のなかに納まってるはずとギリギリまで捨てた

LPやCDも本当に大事なもの以外なんとかなるさとほとんど処分した


…………………………


モノは個人でそれぞれ持つよりもみんなで使えばコストも少なくて済む

さらには余計なものを持ち合うことで地球をムダに汚すこともなくなる


面倒な維持管理やら廃品整理に追われてムダに時間を費やすこともない

カネもさして使わないから稼がなきゃと追いまくられることもなくなる


使うカネといえば、旅費、宿代、入場料、珈琲、煙草、…残らないモノ

本、電波、乗り物、書斎、……なるべく公共のモノを利用させていただく


ということでできる限り独占欲をやめて私有に走らず共有シェアにした

そのぶん外に出るから、さまざま発見もあって人生がもっと面白くなる


紙と鉛筆さえあれば通りすがりの風景にあれこれ一句ひねり出せたり…

公園で子供達と落ち葉集めをしたりお年寄りとお国自慢を交わせたり…


…………………………


それじゃ貧乏くさくてつまらないよと仮に孤立しても別に苦にならない

おまえこそがデフレ脱却の邪魔者だろうがと言われても一向に構わない


これも買えあれも買え、これも持てあれも持て、誘惑には乗らないだけ

それでこの国の経済が沈むなら沈んだほうがいい、泡には豊かさはない


…………………………


モノでも情報でも人でもそうだが、身のまわりに溢れ過ぎるとアブない

たくさんあることに馴れっこになりそのうち何が大切か分からなくなる

全部が大事に見えてきて思考停止、そこに埋もれて身動きできなくなる


みんな持ってるぞ、持ってないのはあんただけだぞ、うざい恫喝は続く

お仕着せのパーソナル神話はどんどん巧みになってやられっ放しになる


ちょっと勇気を出してそこから脱け出しさえできれば身も心も軽くなる

軽やかスッキリ、楽しくわくわく、パブリックライフ満喫の旅が始まる


が、それもこれも健康であることが前提。はやく風邪を治さなければ(笑)


仮寓



|

2017/11/22

惑星



一気に寒くなった、秋を味わう間もなく冬だ

街を行き交う人たちも、みなマフラーに手袋

そして空気の乾燥、あちこちで咳とクシャミ


そんなわけでどうやら風邪をもらったらしい

鼻がグスグス、頭がボーッ、肘と膝がだるい

負けてたまるか、ということでまたぶらぶら


お、今度は何だ?


「温州みかん(早生温州)」

へぇ!?


こんな時期にエラい!

と思って調べてみたら

寒さに強いほうらしい


それにしても

デカくてマンマルだ…

なんともめんこい!

待てよ、これで風邪も治るかも

いやぁ、いただきたいくらいだ(嘘)


そして、この絶妙なバランス…

う~ん不思議だ、これは宇宙か!?

バッハの対位法にも見えてくる

いやぁ、写真に撮りたいくらいだ(笑)


惑星



|

2017/11/21

強欲



もう1ヶ月前のこと、飛行機に乗るのに成田に向かった。羽田より遠いがLCCなら成田ということになっている。


朝4時に起きてあれこれ準備、6時少し前の電車に乗る。まだこんな時間なのにもう座れない…東京近郊の朝は早い。


途中でJRから私鉄に乗り継ぎ、やっと成田空港に到着。そこで終わらず、今度はLCCターミナルまで歩く歩く。そんなこんなで、やっと搭乗口に辿り着いたのは8時半。


…………………………


2時間半はやっぱり遠い。搭乗する前にヘロヘロ。ちなみに、それからの飛行時間のほうは1時間半。

空を800km飛ぶより地上を100km這うほうが長い。とにかく空港までのアクセスに時間と労力を使う。


今は空港アクセスの利便性が都市の帰趨を決める。嫌でも都市間競争の重要ファクターになっている。

が、現状ではやはり飛行機はアクセスに苦労する。世界の常識からもずいぶんかけ離れているようだ。東京オリンピックは大丈夫か、心配になってくる。


…………………………


函館までだと、アクセスなら新幹線のほうが楽だ。が、これは料金がえらく高い。だいたい1.5倍。それと新幹線だと今度は4時間半身動きできない。


いっそ空港の近くに住もうかと考えたこともあるが、これは騒音もあり成田だと都心から遠くなる。う~ん、一長一短、何事も思うようにはならない。


…………………………


一朝一夕には変わらないから諦めるしかなさそうだ。あれもこれもと欲張るとかえってストレスが増す。


そうだそうだ、むかしのことを思ったら楽チンだ。夜行列車で15時間、今ならとても我慢できない。感謝こそあれ愚痴を言うとは一体どこのどいつだ!


強欲



|

2017/11/20

繊細



女優「山田五十鈴」、5年前に亡くなったが今年で生誕100年になるという。新文芸座がこれを機に代表作を集めて上映するというので行ってきた。


きのうは、この2本立て


繊細



役の設定は対照的な2本だが、どちらも素晴らしかった。山田五十鈴という女優の幅広さ、奥深さにあらためて感服。


ちょっとした表情や仕草にも控えめだが余韻の表現があって、どの場面にも丁寧につくりあげようとするそんな細やかさが伝わってくる。それも「わかるかな?」くらいに抑えられているから、その微妙さ加減がこちらに突きつけられてるような感じで、そのたび集中させられて背筋が伸びてしまう。

どんな細部にも一つ一つに魂が込められているからなのだろうが、そうでありながらも受けとめ方は全部こっち次第と、どうやらそういうことになっていて、要は投げかけられているのだ。つまり、観ているこちら側を素人扱いしていない、決して分かりやすくしてあげようなどと媚びたり迎合したりするところがない。


言い方をかえれば、隙間を残すことで人との関係が水平なやりとりになっている。それも、いわゆるヤワなゆるゆるの水平とは違って、相手が分かればそれでいいし、分からなければそれはそれでしかたがない、そんな感じだ。「対峙」と言ったほうがいいかもしれない。こうなってくると冷たいようだがそんなことはなくて、確かに厳しくもあるが間にビシバシとした緊張があってそれがかえって心地いい。

今の時代、家庭でも学校でも、政治でも音楽でも、どこをみてもなぜか民主主義を履き違えてのポピュリズムだらけだが、そういえば少し前までの日本人というのはこんなだったよな、それによってお互いが切磋琢磨しながら育つことになってたんだよなと、忘れかけておぼろげになっていた時代の記憶というものをあらためてくっきりと思い起こさせてくれるのだった。


繊細



そして奇しくもどちらの映画も舞台は隅田川界隈。よく知ってる場所が次から次と現れて、その変貌ぶりにも驚いた。特に、幸田文原作の「流れる」のほうの舞台は東京きっての花街だった台東区柳橋、昭和30年代といえばちょうど凋落の始まる頃だったからその雰囲気がまたよく描かれていて興味深かった。変わらないのは、隅田川の「流れ」だけ……


自分が生まれたころの撮影だから、当時の街並みといい路地での人の息吹といい一層よく伝わって、そうだったよな、「街」だって「人」の身の丈を越えたりせずにほぼほぼニアリー、家だって道だって決して人を押し潰したりはしない手づくり感、その程度ににとどめられていたからピッタリ均衡がとれてたんだよな、そんなことを今さらだがあらためて確かめさせてくれたという次第。


繊細



それにしても思うのは、どうしてこんな素晴らしい日本映画がたくさん残されているのに、まったくといっていいほど見向きされなくなってしまったのかということ。存在すら忘れ去られようとしているのが、返すがえすも残念でならない。


昔はよかった式の年寄りの懐古趣味にだけはならないよう気をつけてはいるつもりなのだが、こうして日本映画には熱く燃えたいい時代が確かにあった。ヌーベルバーグとも張り合うような勢いで、役者はもちろんカメラも音楽も、歴史と風景を斬りとって、そしてそこに生きる人間の奥底を見つめてフィルムに刻みつけることに必死になっていた。


今の俳優にしても製作陣にしても、これからでも遅くはないもっとこんなのを観てもらって、活かせるものはどんどん取り入れて繋げていってほしいとも思うのだがどうだろう。とはいっても、自分がこれから俳優や映画監督になろうというわけでもないから(笑)、ということは、まあ、これは一介の映画ファンのささやかなお願いということで……


繊細



|

2017/11/18

異種



街を歩いていると赤い実があちこちに成っていて、みんな同じかと思えばこれがどっこい、いくらそっくりでも違う品種だというから頭がごちゃごちゃになってくる。覚えても覚えてもキリがなさそうなのだ。


あ、まただ、これはなんだろう?

幸いネームプレートをつけてくれている。

どれどれ見てみる。


「ヒイラギモチ(chinese holy)」


何だ、これは!?

さっそくスマホで調べてみる。すると、クリスマスで使うのがセイヨウヒイラギ(american holy)で、どうやらその仲間らしい。クリスマスケーキにちょこんと添えられたりする例のやつだ。確かにそっくり似ている。


異種


…………………………


それにしても、う~ん、見知らぬ土地へやって来ると、それまではそれなりに物知りだったとしても、そんなことは何の役にも立たなくなって小池さんではないが一切をリセット。

今度は知らないことだらけだからプライドずたずた、周囲に頭を下げながら聞くは一時の恥、まごまご右往左往しながらガックリもするのだが、まあこれはこれでまた新しく生まれ変われるチャンス、諦めさえしなければこの歳になってもまだ一つ一つステップアップ、もしかしたら今よりは少し利口になってるのかもしれないぞと、そう思うしかない。


そうだそうだ、そうに違いない!そんなふうに考えればこんな楽しいこともないじゃん!なんて自分に言い聞かせながらまたキョロキョロぶらついてみると、今度は少し先のほうに2人連れが見えてきた。どうやら、おばあちゃんとお孫さんらしい。まだ真新しい紺色の制服制帽だからピッカピカの小学1年生か。


…………………………


そういえば、こちらでは小学生でも電車通学というのはザラにあってよく目にする。そう、私立の小学校があちこちにえらくたくさんあるのだ。公立ばかりで自宅からみんなで畑のなかをノンビリ徒歩通学、そんな子供時代を過ごしてきた自分には最初これもずいぶん驚きであった。

そんなまだ幼い子供が満員電車のなかで通勤の大人たちに揉みくちゃにされながら、長時間ちょこんと立ってたりするのだからその健気さには感心してしまう。


ある時はこんなことがあった。電車が事故で止まったときに隣りに独りでいたチビちゃんが自分の携帯を取り出して電話を始めた。相手はどうやら駅に迎えに来ているママらしい。ところが電車が遅れることの状況をうまく説明できないことでお互いに混乱してるらしい。どしたの?と聞いたら、「(この電車)いつ出発するんですか?」どうやらママが迷子になったのかと心配しているらしい。電話を代わってこちらからよく説明してあげた。そしてチビちゃんにも、おじさんもその駅で降りるから大丈夫、安心しろと言ったら引きつった顔が緩んだ。30分後、駅ホームで無事ママに引き渡す。


こんな調子だから、電車通学というのは満員揉みくちゃといい、チビちゃんたちにとっては恐怖ではないかとも思うのだが、いや、そうか、こんな環境のなかで育つから少々の競争にも動じないそんな大人になっていくのかもしれないぞなどと思ったりもする。北海道ではこんなことはなかったが、ようやくそんなチビッ子通学風景にも馴れてきた。


話を戻して、いま目の前のこの2人、この時間だとおばあちゃんが駅まで迎えに来てその帰りなのかもしれない。毎日毎日大変だなあと思いながらそんな微笑ましい姿を見ていたら、あ、そうか、そういえばクリスマスも近づいてきたんだっけなと、またあのヒイラギの赤い実と緑の葉が浮かんできた。


…………………………


なんのことはない、昼下がりに出くわしたたったそれだけのことなのだが(笑)、それでもこうして何か未知なものに出会えることでさまざま頭を巡らしていけるのだから、やっぱり街歩きは愉しいということになるのだろう。

これが足が弱ったりで外に出られなくなるとなれば想像するだけでゾッとする。まあ、ただそれも誰もが通る道なのだろうからいずれはそうならざるを得ないのだろうな………と思ったら、そうだ、やっぱり歩けるうちが花、今のうちにどんどん歩いておかねば!ということで、ジャンパーの襟に首をすくめ手をポケットに突っ込みながら、何かないかな?見知らぬ世界をまたキョロキョロしながらさすらうのだった。


異種



|

2017/11/17

辞世



冷んやり突き抜ける青空
朝早くから歌が聴こえる


誰だろうと思ったら枯葉
朝日に透かされて美しい


最後のお別れの歌らしい
立ち止まって耳を傾ける


朝日のごとく爽やかだが
ブルーノート抜きらしい


それがかえって哀しけれ
ということで一緒に歌う



手~のひらを太陽に~透かしてみれば~♪


みんなみんな生きているんだ友達なんだ~♪


辞世



|

2017/11/16

町衆



誰に頼まれたでもない日課らしい

こうして街は支えられてきたのか


これみよがしでない清貧な佇まい

褒められるでもなく淡々とこなす


私が公に滲み出して重なる曖昧さ

そんな姿に西洋人は目を見張った


町衆



|

2017/11/14

時間



なぜだかやめられない定点観測

空、山、川、木、………

変化をみつけるのが好きらしい



そしてなぜか惹かれる栄枯盛衰

街、道、人、音、………

時間をみつめるのが好きらしい



時間

時間



|

2017/11/13

休息



おつかれさまでした桜さん
いよいよ裸になるんですね


どうか風邪などひかないで
ゆっくりおやすみください


そしていっぱい力を蓄えて
また来年もお願い致します


休息



|

2017/11/12

木枯



きのうは前線の通過で強風が吹き荒れた
なんでも今年4度目の木枯しだったらしい


空は青いのに雲があちこち行ったり来たり
枝先の枯れ葉も一辺にどこかへ吹き飛んだ


木枯



ピュウピュウ木枯しに、人は小走りに歩く
いそいそサッサッ、肩をすくめて道を急ぐ

落ち葉もあっちにこっちに路上を駆け巡る
ひゅ~カラカラ、干からびたドライな響き


ん?このすばしっこさ、そして乾いた音……


そうだ、思い出した、東京人の動きと言葉
えらく速くて軽い。コロコロ高音部で♪=300

このへん、湿って重い雪国はこうならない
東京がリスなら牛か、ズシズシ低音部で♪=30


気候風土と人、どうしたって切り離せない
良し悪しではなく違うだけ、とにかく違う
東京へ出てきた最初の冬、それに気づいた


…………………………


そして待てよ、あれはいつのことだったか?
指折り数えてみたら……ゲゲッ、半世紀近い!


やんや早いもんだと、とぼとぼ歩いてたら
キャアキャア!今度は歓声が聴こえてきた

あたりを見まわす…すると、おお、風の子だ!
木枯しのなか、これまた猿のように軽やか!


木枯



こうして外遊びしながら大人になるらしい
なるほどそうか、冬だって公園に雪はない
一年中これだも、何もかも軽くなるはずか


…………………………


さて、そこでだ(笑)、自分の性分を考えるに
生まれ育ちなのかそう簡単に軽くなれない

東京も、どうにも鼻に突くところがあった
が、今ここに到るとそれが少し違ってきた


最後はこの軽さもいいかなと思ったりする
あの芭蕉が辿り着いてめざしたのも「軽み」

それまでの全てを取り払った時に残るもの
ほんとに大事なものがそこにあるかどうか

もしあるとすればいったいそれは何なのか
結局、まったく何もないかもしれない(笑)


そんなことを探るのもこれも楽しからずや
あれこれやってきた果てはそこに行き着く
どうやらそういうふうに出来ているらしい


重かったからこそ今はとにかく削いでみる
軽いままで来てたならできなかった面白さ
お陰でやっとそこまで来れた気がしてくる


木枯



|

2017/11/11

柑橘



これは或るケーキ屋さんの店先

季節ごとに植栽を見せてくれる


これは「ジャンボレモン」


それにしても、なんだこれは!?

なぜこんな重いものが落ちないのか

細竿で地球を釣り上げてるみたいだ


イミテーションでは?……

中身が空っぽでは?……


ちょっと触らせてもらう

ズシッ、やっぱり重い!


そしてこれがマンマルで

めんこいときたもんだ
(※めんこい……可愛い)


………ほんと不思議だ

ずっと見てても飽きない

頬ずりしてしまいそうだ


まわりに人はいなそうだが

ただ、その勇気がない(笑)


…………………………


北国ではこうした柑橘系は成らない

寒いから実の成るものがあまりない

せいぜいリンゴ、梨、ブドウくらい


そういえば、リンゴもめんこいぞ


リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ~♪

赤いリンゴに頬ずりはしてないが

くちびるを寄せたことはある(笑)


札幌平岸にもリンゴ農家がいた

仕事で難しい交渉をしたKさん

戦いが終わって収穫を手伝った

あの感触は今も手に残っている


そんなだからリンゴに違和感はない

が、柑橘系を見ると驚いてしまう


鹿児島でも愛媛でも何度も見たが

やっぱり、へえ!と思ってしまう


馴染んできたものとそうでないもの

幼いころからの感覚というものは

そう簡単には変えられないらしい


柑橘



|

2017/11/10

支援



玄関前で小さなおねえちゃんと弟

腰を曲げて地面をのぞいている


「どしたの?」

すると

弟「ここ、かみきり…」

「え?」

姉「ううん、かまきりだよ~(笑)」


「え、ほんと?、どれどれどこ?」

弟が指差すその先に……
「おお、ほんとだ、カマキリだ!」



体がだるそうでえらくのろい
それでも一生懸命に前に進む

確かにこの日は23℃暑い!
季節はずれのポッカポカに
こっちも上っ張りを脱いだ

カマキリも、いよいよ冬かと
寒くなってきて観念したのに
間違えてまた出てきたらしい



弟「きっとあの草のとこへ行くんだよ」

「昼ごはんかな?」

姉「うん、虫を食べるんだって」


弟「じゃ、つかんで連れてけば?」

姉「ダメじゃん、自分で行けるよ」


弟「人が通ってつぶされちゃうよ」

姉「じゃ、行くまで見ててあげようよ」



じゃあ、おじさんも一緒に
……………とは言わなかった


あとは子供たちにまかせておく
なんでも大人が入るのは嫌いだ

ましてやこのおねえちゃんだって
カマキリの自主性を尊重した(笑)



「そうか、手出しはしないほうがいいか」

姉「うん、まだがんばれるみたい」


「それじゃ、あとたのんでいいかな」

弟「うん、いいよ」


「じゃね、したっけ、バイバイ」

姉「バイバ~イ」


じっとカマキリから目を離さずに
降った手だけがこっちを向いた


支援



|

2017/11/09

錯覚



北海道から戻ってきたからか
2度目となると何か不思議だ

あ、そっか、これからなの?
へぇ始まるのかくらいの感じ

いつものあの紅葉への高揚感
これがさっぱり湧いてこない


同じようなケースを考えると
桜の場合はそんなことはない

関西のあと北海道でみた時は
2度もラッキー!そう思った


はて、これは一体どうしてか
春か秋かが関係しているのか

一方は上昇、もう一方は下降
向かう先の違いということか

あれこれ考えてはみるものの
なんだかんだ結局わからない


…………………………


ただ、どっちにしても共通して言えるのは
最初のほうが2度目より感動が深いことだ

心の動きが鈍くさくなるこの不思議な感覚
どうやら時差ボケならぬ季節差ボケらしい


四季折々に繰り広げられるせっかくの風情
それも一歩一歩進むグラデーションの順序

そして、その微妙な変化を受け止める回路
一つ一つゆっくり噛みしめて進む体内時計
そうすることでつくりあげてきた情緒世界


どうやらそこが飛行機で狂わされるらしい
行きつ戻りつではどうしてもかき乱される

まして今はネットですぐどこへでも飛べる
人の感覚が技術に追いついてくのは大変だ


こうして時代は変わるがそれでもやっぱり
なんとか四季のリズムはキープしていきたい
自然が織り成す手順には畏敬をもち続けたい

とはいえ、実際どうすればいいというのか
狂わせる風景には目隠しでもしてみようか(笑)


錯覚



|

2017/11/08

集住



多くの木々が徐々に葉を落としていくそんな季節になってきた。が、そんななか、一方でところどころでこんな元気な低木に出くわしたりする。


集住



このての赤い実をつける木は意外と種類がたくさんあって、見分け方がほんとに難しいらしい。実際、素人目には全部同じに見えて、言われるまではまったく気づかなかった。


今回のこれは、調べてみるとその実が下向きなら「万両」、上向きなら「千両」ということらしい。う~ん、なんだかハッキリしないが、まあこれは「千両」ということにしておこう(笑)


どっちにしても、古くから正月に使う実だそうで、その目出度さからこんな名前がついたという。そうであればなおさらのこと、まあ少々間違えたとしてもそんなことは大したことでもないのだろうから、この程度の判定でも、めでたしめでたしということでいいのだろう(笑)


…………………………


それにしても、いったいこの寄り添いかたは何だ!狭いところにぎゅうぎゅうになりながら押し合いへし合いしている。ひょっとすると、こうすることで寒さでも凌いでいるのだろうか。


集住



そういえば人間だって同じようなものだ。押しくらまんじゅうの遊びだったり、満員電車の通勤だったり、都市への一極集中だったり、似たようなことはたくさんある。


もしかするとそんなのも、誰かがこの実を見たときに「なるほど!これはいい!」とひらめいて考え出した技なのかもしれず、こうした自然の知恵に学んでそれを人間社会にちゃっかり応用してしまう例は少なくない。


そう考えると、確かに今やエネルギーの環境への負荷が問題になる時代。寄り集まりさえすれば暖をとることのできるこの「体温」というやつ、なんだか意外とそうバカにはできないのかもしれないぞ、これはなんとかノーベル賞ものにできないものか、……などと思いながら立ち止まってジッと見つめていたら、通りかかったチビちゃんに「どしたの?」と声をかけられた(笑)


集住



|

2017/11/07

空旅



もう1週間前のことになる


函館空港をビュンと飛び立つと

まずは函館山【津軽海峡】


空旅


ここを見るとどうしてもあの戊辰戦争
官軍の艦隊に包囲されたのを思い出す
生まれてなかったから見てないけど(笑)



……そしてぐんぐん高度を上げると

今度はこれが延々どこまでも【雲海】


空旅


暗かったのが一気に明るくなって別世界
なりたくてもなれなかった雲の上の人(笑)
これが簡単になれちゃうからやめられない



すると

酔いしれる暇もなく高度を下げた

そうこうするうち雲の下へ出ると

締めは海ほたる【東京湾】


空旅


木更津~川崎、東京湾横断アクアライン
その途中につくったパーキングエリアだ

道路のないこの先は川崎まで地下トンネル
なんだかしらないが凄いな人間ってのは……



と思うまもなく、羽田空港に無事着陸


こうして鳥の目になって俯瞰してみる
まあ、たまにはいいもんだなやっぱり
視点を変えると何もかも違って見える


ほんの1時間だが楽しい空旅であった


いや、見たのは海ばかりだったんだから
空旅というよりむしろ海旅というべきか!?

まあ、今度は快晴のときにでも乗ってみよう
くっきり日本地図が見えてくるかもしれない



|

2017/11/06

現実



きのうのこと
ぼんやりニュースを見ていた

すると

「アメリカのトランプ大統領は
3時に川越のゴルフ場を出発し
ヘリで東京港区へ向かいました」

へえ~、それがどした


……と思うや

パタパタバタバタ バリバリ!

な、なんだ!

窓を開ける


なんと、そのヘリであった!

3機編隊、ほかに後続も何機か……


方角コースもぴったり

そして時計も3時5分

そっか、真上だったか……


あんまりリアルなのでびっくり👀

オスプレイではなかったようだ

あと撮影が見つからなければ…(笑)




|

2017/11/05

漂泊



大森神社から宇賀浦町を通って湯の川温泉まで突き抜けるこの海岸通り

むかし夜行で帰省の際は、終電も過ぎ下宿から函館駅までここを歩いた

詰め込んだ重いバッグを両手にスタコラ1時間半、思えば若かった(笑)

タクシーは乗らない、いや乗れない、金がなかったぶん強かったらしい

それが今では東京との往復でここを通っている。駅~空港をバス20分


…………………………


この小公園ができたのもいつだったか、少なくとも函館を離れたあとだ

この大森浜で蟹と戯れたのを思い出す、今ではすっかり観光スポットだ

周囲にはクルマだらけの駐車場、そしてギラギラとド派手な看板が並ぶ

その昔はここは砂山といってえらく寂しくうらびれた場所だったという

海峡、波音、潮風、漁火、砂山、立待、下北、…詩情かきたてられる場所


…………………………


というわけでバスから見えるこの啄木、そのたびさまざま想いがよぎる

市立文学館には自筆の手紙も残されて函館での様子がありありと伝わる


その啄木像、海側にポツンと建ってるがいつも思うのはその座る向きだ

啄木が一家を呼び寄せ居を構えたのが青柳町、そして墓は立待岬にある

なのにこの銅像、一切そっちには目もくれない、むしろ背を向けている


どうやら函館山をバックに写真スポット、市が観光客用に設えたらしい

あさましさが透けて見えてくるが、まあ背に腹は変えられないのだろう

ただ漂泊の歌人のこと、これはこれで啄木らしいかという気もしてくる


…………………………


宮崎郁雨の援助にも放蕩ぶりが止まらない啄木、妻の節子は翻弄された

小樽~札幌~釧路、……職を求め転々とするあいだ妻子は函館に残される

その間、送金もあてにできずなんとか代用教員などをやって食いつなぐ


やっと東京小石川でまた一緒に暮らすが、まもなく啄木が息を引きとる

節子は幼な子2人を連れまた函館へ。ひっそり青柳町の路地裏で暮らす

自分の義祖母は近所だったのでこの子たちをよく知ってると言っていた


函館を死に場所にしたかった啄木に郁雨は立待岬に墓を建てて納骨する

その後、まもなくして節子も病に倒れ肺結核で息を引きとった。28歳

岩手県渋民村~函館~東京~函館、……節子もまた流浪の民になっていた



~潮かおる 北の浜辺の 砂山の
かのハマナスよ 今年も咲けるや~

~東海の 小島の磯の 白砂に
我泣きぬれて 蟹と戯る~


◾石川節子~はこだて人物誌
http://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/b_jimbutsu/ishikawa_setsu.htm


漂泊



|

2017/11/04

駅前



寂れても駅前だ、必ずぶらつく


すると

やっぱり見るとホッとする市電
懐かしい!子供の頃からの型だ


駅前



そして

これはいつも挨拶、函館の妖精
もうそろそろマフラーしねばな


駅前



|

2017/11/03

晩秋



北国はもうすっかり晩秋であった


緑の山々も赤茶けて

葉が落ちれば黒となり

そのうちに真っ白になる


晩秋



この大沼も駒ヶ岳も今はこうだが


晩秋


こんな銀世界になるのも遠くない


晩秋



|

2017/11/02

刻音



コチコチコッチン♪ おとけいさん


おやすみなさい……… ZZZmoon3


…………………………


ZZZ…………目が覚める☀️

なんだろう、耳を澄ます……


コトコトキッチン♪ おばあちゃん


…………………………


その音を聞きながら横になったままウトウト……

すると、なんだろう
ふと思いもよらないことがよぎった



ジジはここでこうして息を引き取った

オヤジのときは向こうの風呂場だった

そして

バタバタしたのが今はこんな穏やかだ



コトコト キッチン♪ ~コチコチ コッチン♪


時間の不思議と、そして人の世と……

音は刻まれる、休まない止まらない




|

2017/11/01

棲家



ふらふら、終の棲家はいったいどこになるやら



のんびり釣りでもしながら暮らすのもいい
~老人と海


棲家



ここならピアノを弾きながらってのもいい
~波とセッション


棲家



いや、ピアノならこっちのほうがいいか
~ピアノ弾きのゴーシュ


棲家



立派な家なんてのは全然興味がない
鴨長明みたいな掘っ建て小屋でいい


それはそれでいいけど、
結局あっちもこっちもどうするの?(笑)



|

« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »