« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017年8月の30件の記事

2017/08/31

豹変



きのうは昼前は晴れていたのに、午後になって急変、空はあっというまに厚い黒雲に覆われて3時ころにはドシャ降りになった。

温度も急降下、そしてとにかく雷鳴と稲妻がスゴくて近所でもずいぶん落雷があった。畳に寝そべってたら床が何度も地響きで揺れる。


そのうち市から次々と警戒情報メール。大雨警報、洪水警報、土砂災害警報、そして道路の冠水、通行止め、バスの迂回、……

雨雲のゆくえをレーダーで探ってみたが、これがずっと居座ってなかなか離れてくれない。このまま続いたらどうなるんだろうと少し恐ろしくなる。すると、今度は近くの川が氾濫危険水位をこえたとの情報。結局、雨は2時間ほどで弱まったが、この洪水警報のほうは夜半に解除されるまでずっと続いた。


…………………………


所沢73ミリ、清瀬67ミリ、東久留米65ミリ、朝霞 52ミリ、……

数字的にはさほどでもないが、やはりゲリラ豪雨の集中度というか降雨のスピードが早いと、都市の場合、舗装面が多くて土と違って浸透してくれないから河川までの到達が圧倒的に早くなる。川をどんなに大きな断面で造っていたとしても耐えられず一気に満杯になって溢れてしまう。


◾朝霞市の黒目川

あっというまに氾濫危険水位をこえた

豹変


ふだんはこんな穏やかなのに…

豹変



今回の豪雨は、神奈川沖からの南風と茨城沖からの北東風とがぶつかり合ったところに雨雲ができて、それがどんどん発達したことによるものらしい。たいした強い風というわけでもないから事前の把握は難しく、予報はまずできないという。となれば、妙な話だがいつ何が起こるかわからないという心構えだけが頼りということらしい。


海を越えたアメリカテキサスでは、台風襲撃で豪雨が何日も続き、1000ミリをこえて大変なことになっている。避難指示を出さなかった市長の責任が取り沙汰されているが、これも、やはりここまでになるとは想定できなかったという。そしていま、小笠原で大型台風が暴れていてこれから北上する。遠く離れていても前線が刺激されれば大雨になることもあるそうだ。やはり水は怖い、侮ってはいけない。


◾新座市の柳瀬川

釣り人が中洲に取り残されて1人は救助されたがもう1人は不明のままだ。

豹変


これは4月に花見をしたときの柳瀬川。同じ川とは思えない。

豹変



|

2017/08/30

文化



日曜に錦糸町へ行ったときのこと、駅前を歩いていたら「すみだ音楽祭」のポスターが目に入ってきた。すぐ近くのホールでやってるという。それも入場無料、気軽さに誘われて覗いてきた。


◯シベリウス「フィンランディア」
◯混声合唱組曲「水のいのち」

トリフォニーホール・ジュニア・オーケストラ
墨田区合唱連盟合唱団


合唱団は混声だから男女半々で、壇上を埋め尽くした人数はなんと大挙250人!よくみると年配がほとんどで70代80代とおぼしき人も珍しくない。
それに対して、オケのほうは50人ほどだが、こちらは小学生から高校生までということで10代ばかり。

つまり孫たちの伴奏で歌うといった感じで、今どきめずらしい世代間交流!それがなんともほのぼのとしていてよかった。


そして実力にも驚いた。子供たちも大人顔負けの素晴らしい音を出しているし、歌のほうも年齢など感じさせない堂々とした歌いっぶり、レベルが高くて聴き応え十分の演奏だった。最後は会場も一緒になって「花」を歌う。「は~るの~うら~ら~の隅田川」、誰でも歌えるご当地ソングがあることに、なんだろうえらく羨ましさをおぼえた。


…………………………


それにしても墨田区は頑張ってる。トリフォニーホールを拠点に、国内外一流の演奏家から区民のさまざまな活動まで、切れ目のない企画を次から次と繰り出している。そして、区民がそれらに気軽に参加できるようさまざま工夫を凝らしている。公開リハ、ワークショップ、バックヤードツアー、区民割引、コミュニティコンサート、誰でもコンサート……


演る側にしても聴く側にしても、こういう場があちこち日常的にたくさん用意されていれば、ジャンルにかかわらず音楽を堅苦しいものとしてでなく、普段着の生活に密着した身近なものとして感じていけるのだろう、そしてそうであれば自然、裾野も広がりレベルも上がっていくということなのだろう。実際、子供たちもそうした刺激を受けながら小さい頃から凌ぎを削っているらしい。そして、確かにここへ来るといつも思うが、ロビーにいる来場者みんな、こ慣れた感じがして肩肘張った雰囲気がまるでない。


ちなみに先週は、すみだジャズ祭をやっていたという。錦糸町公園をはじめあちこちでライブがあったそうだ。ジャズといえば、このトリフォニーホールでも色々なジャンルとの垣根を越えたコラボを繰り出している。ホールにはこれまでの主だったコンサートの写真が展示されていた。

眺めてみると、ミシェル・ルグラン、ボビー・マクファーリン、はてはパット・メセニーなんてのもあってびっくり。このへんはどうやらこのホールを拠点にしている新日本フィルが、こうした横断コラボにずいぶんと意欲的らしい。


文化


…………………………


それにしても、せいぜい人口25万人の区で自らここまでの環境をつくりあげてきたのだから、どの自治体でもその気になれば結構なことができるのだろうなと思った。ただ、そのためにはまずその入り口として、芸術文化というものを偉そうな特別なものと思われないようにすることがなにより大事になるのだろう。


◾コミュニティ丨すみだトリフォニーホール
https://www.triphony.com/community/



明治鹿鳴館から始まったこの国のええかっこしぃ芸術文化、あえて日常から切り離して雲の上、不連続なものにしてきた田舎者的コンプレックス、これももういい加減そろそろ卒業しなければ明日など見えてこないというものだろう。

クラシックにしてもジャズにしてもそうだが、もともとそれをやってきた人たちというのは今よりはもっと普通にハングリーで猥雑な人たちだった。そうしたところにしっかり足を着けるからこそ人に伝えられる何かを生み出せる。それがいつか気づけば、特別な成り上がり大好きな人たちのよそゆきおシャレな道具に貶められるようになっている。


そういう意味では、この墨田区はもともと根っからの下町、山の手と違ってそもそもが人間に気取りがない。江戸の昔から庶民の息遣いといったものをへっちゃらに表に出せる草の根の気風があった。そんな文人やら絵師やらもたくさん住んでいた。そしていま区内には両国国技館、江戸東京博物館、すみだ北斎美術館、……多彩な文化活動が目白押しだ。

さまざま今の取り組みをみるとき、ひょっとするとこの墨田区、根っこにそんな風土があったことがかえって幸いしていたのかもしれないな、そんなことを思いながら帰りがけ、あの葛飾北斎がいた北斎通りをぶらぶらしながら隅田川に出る。するとなにか聴こえてくる。今度は懐かしい昭和歌謡に大勢の人が群がっていた。


◾音楽都市すみだの2005年
http://sumida-avenue.com/NewFiles/html/honshi/ongaku/onngaku.html


文化



|

2017/08/28

秋田 (4)


(前回からつづく)



秋田の話、終わろうと思ったら最後やっぱりこれをはずせない
この音頭、リズムがよく話題になるが、いやいや歌詞がスゴい


標準語の表記だと本当のところは伝わらないが、しかたがない
まあ、表記のしようがないのだからあとはナマを聴くしかない


ただこれを全部読んでみれば、うごめく情の深さはみえてくる
地に足着いてパワフル、これはやっぱり日本の土着ブルースだ


言葉は自分、グサッと伝わる言葉を吐き出せる人は素晴らしい
はて今の時代、自分もどれだけストレートな言葉をもててるか…


…………………………

【秋田音頭 歌詞】


○ヤートセー コラ秋田音頭です(ハイ キタカサッサ コイサッサ コイナー)
○コラいずれこれより御免なこうむり 音頭の無駄を言う(アーソレソレ)
あたりさわりもあろうけれども サッサと出しかける(ハイ キタカサッサ コイサッサ コイナー)
※以下、掛け声同様

○コラ秋田名物八森鰰々(ハタハタ) 男鹿で男鹿ブリコ 能代春慶(しゅんけい)桧山納豆 大館曲わっぱ

○コラ太平山から四方の景色を のぞいて見たならば 船は沢山大漁万作 秋田は大繁盛

○コラ秋田の国では 雨が降っても唐傘などいらぬ 手頃な蕗の葉 さらりとさしかけ サッサと出て行くかえ

○コラ秋田よいとこ名物たくさん 東北一番だ 金山木山に花咲く公園 美人が舞い踊る

○コラ秋田の女ご 何してきれいだと聞くだけ野暮だんす 小野小町の生まれ在所 お前(め)はん知らねのげ

○コラ何につけでも一杯呑まねば 物事はかどらね 呑めば呑むほど気持ちコ開けて 踊りコなど出はる

○コラ秋田名物コの字づくしを つまんで言うならば 坊ッコにガッコ笠コに小皿コ 酢ッコに醤油ッコ

○コラ時勢はどうでも世間は何でも 踊りコ踊らせ 日本開闢(かいびゃく)天の岩戸も 踊りで夜が明けた

○コラおら家(え)の兄貴生意気こきゃがって 月賦で車買った ちょすもちょせねで免許も取れねで あばあなんとせばえ

○コラ隣の爺さま物好ぎたげで 月賦でバイク買った 運転するしび全然知らねで ばばあなんとせばえ

○コラお前(め)達お前達(お前方お前方)踊りコ見るなら あんまり口開ぐな 今だばええども春先などだば 雀コ巣コかける

○コラ巡査が来たたて消防衆来たたて ちっともおっかなぐね えーごどしねたて悪いごどさねば でっきりおっかなぐね

○コラ汽車も速いし電車も速い 電信なお速い 何でもかんでも速いどこいったば 足袋はで足洗った

○コラ妻君ある人秋田に来るなら 心コ固く持て 小野小町の生まれ在所 美人がうようよだ

○コラ奥州仙台白石城下で 女の敵討ち 姉は宮城野妹は信夫 団七首落とす

○コラいろはにほへとちるぬるをわかは 昔のたとえごと 今の人達ゃ見識高くて さんきゅうべるまっちょ

○おら家のお多福めったにないこと 鬢取って髪結った お寺さ行ぐどてそばやさひかがて みんなに笑われた

○コラお寺の和尚さん法事さ行くのに にわとり貝焼食うた ナムカラタンノウトラヤーヤたば 頭さ羽根おいだ

○コラ秋田のおばこ蕗刈る姿 みんなさ見ひでもだ 赤い襷にあねさん被り 本当に惚れ惚れす

○コラ秋田の名所海では男鹿島 山では鳥海山 田沢の緑に十和田の紅葉 絵かきも筆投げた



◾「秋田音頭」
https://youtu.be/Hwm5y3Xdg4U

↑野太い男声を探すも見当たらずこれは女声


秋田 (4)



|

2017/08/27

秋田 (3)


(前回からつづく)


あともうひとつ、自分の縁のなかで北海道と秋田の関係といえばこれをはずせない。札幌にいたときにいろいろとお付き合いさせていただいた「三吉神社」


本山は秋田で、その分祠を南1条西8丁目に構えたのが開拓まもない明治11年。ここは狸小路の近くで都心のどまんなか。というわけですっかりビルに囲まれているが、今でもここのお祭りを支えているのはその都心部にある町内会の人たちだ。市民にも「さんきちさん」と呼ばれ慕われている。毎年5月には例大祭があって、境内では子供相撲やコンサートが開かれ賑わう。狸小路には子供御輿が繰り出して歓声が飛ぶ。毎年この祭りが近づくと、その前に宮司と氏子代表とが秋田の本山にまで出向いている。


秋田 (3)

入植秋田人の心を支えた三吉神社



こうしてみると、札幌には開拓以降、秋田の人もずいぶん入っていたのがわかってくる。そのことを示してくれるもうひとつは「秋田銀行」。こちらも都心の一等地(大通西4丁目)に今も支店がある。大通と駅前通りが交差する札幌を代表する四辻の角地に、古くから看板を掲げてビルを持っていたから知らない人はいなかった。老朽化に伴ってもう4年前だったか、今は石屋製菓との共同で立派な複合ビルに建て替えている。


秋田 (3)

入植秋田人の経済を支えた秋田銀行


…………………………


思えば秋田市には2回行っている。そのうち1回は山形県天童からの帰りだったと思う。飛行機はやめにして鉄道で青森まで北上することにした。干拓されてしまったあの八郎潟を一目見ておきたかったのだ。その道すがらで、この秋田市内とほかに確か県境を越えた大鰐温泉とに泊まった。


秋田市では駅前の千秋公園、そしてそこから旭川を渡って繁華街の川反(かわばた)をぶらぶらしたのをよく憶えている。ただ20代のときだからもうずいぶん昔のこと。今はどうなってるだろう、すっかり変わっているかもしれない。


…………………………


最後になるが、あと秋田といえば、東京に出た学生のときにも秋田人には何人か出会った。


不思議と共通していたのは、やっぱりとにかくみんなユーモアに長けていたこと。彼らが輪のなかにいると俄然、場が盛り上がった。一見シャイで最初はとっつきにくくても、いったん心を開けば個性全開、まわりを楽しませる。そしておおらか豪放に見えながらも実は繊細であった。そのたび、小学生だったときのあのTを思い出した。


前掲の秋田酒造HPにも触れられていたのが秋田人の「勤勉堅実」なところ。そういえば今でもずいぶん教育に熱心で、学力テストでは決まって全国1位になっているらしい。そして、豪雪辺境の地勢風土からくるといわれるあのどこか一本気な「粘り強さ」、このへんは、攻め寄せる中央に対して最後まで抵抗を続けた縄文人の矜持、どうやらそんな歴史が関係しているのではないかとも言われている。……確かに出身者の顔が何人か浮かんでくる。阪急山田投手、中日落合選手、相撲の大関清国、俳優の山谷初男、歌手の友川カズキ、……みんなどこかしぶとくて粘っこい。


考えてみると、出会ってきた知り合いにしても「内が暗でも外は明」、そんなところになんだろう妙に頷けるものがあった。同じ笑いでも、見えにくいがその奥底にどこか一抹の哀しさを隠しているからますます味わいが深くなる。


おそらく、人知れないさまざま歴史の地層のなかで培われた気質、そしてあの独特な言葉の調子、そんなところに魂が共振するようなえらく深いブルースを感じたのだと思う、自分は好きだった。そしていまになって分かるのは、そう、みんないい意味で素晴らしい「えふりこぎ」だったのだと思う。


◾「秋田の【えふりこき】」天野祐吉のあんころじい
http://amano.blog.so-net.ne.jp/2007-09-23


秋田 (3)

これは台東区にある有名な佐竹商店街
(佐竹藩屋敷の周辺で秋田人を支えた江戸拠点)



|

2017/08/26

秋田 (2)


(前回からつづく)


秋田といえば米どころ、そして恵まれた水、となればそう、酒だ。親父は酒が下戸だったが、人の出入りが多いので家には日本酒を常備していた。その銘柄がなぜかいつも「秋田富士」。メジャーな清酒はまだいろいろあったのに、この秋田富士は欠かさぬようにと馴染みの酒屋に頼んでいた。


それと、家にはどこから手に入れたのか秋田「しょっつる」、一升瓶に入ったものが台所の隅に置かれていた。これがそのまま嗅ぐとえらく腐い!それはそうだ、醤油といっても魚を発酵熟成させて造る魚醤なのだ。それでも、薄めて鍋にするとこれが旨かった。魚屋からハタハタを買ってきて「しょっつる鍋」、親父は「うめぇべ~?、うめぇべ~?」と言ってはよく人をもてなしていた。


そのときも勿論、酒は「秋田富士」だ。それにしても、酒の違いなんて知るはずもなかった親父が、どうしてそこまでその酒にこだわっていたのか、ずっと分からずじまいだったのだが、ひょんなことからこんな文章を見つけて驚いた。


…………………………


以下、長くなるが引用してみる。


………往時から今日まで連綿と伝わる銘柄は、「秋田富士」。これは秋田と山形にまたがる東北第2の高峰鳥海山の、秋田側からの呼び名です。米どころ秋田平野をうるおし、古来山岳信仰の対象としても知られた秋田富士の名は、県下はもとより秋田を離れて暮らす人々にも特別の意味を持っています。

戦後復興が急ピッチで進められた昭和20年代から30年代。秋田の多くの人々は、移住や出稼ぎで北海道の炭鉱に仕事を求めました。秋田富士は、そうして「黒いダイヤ」を掘り出す現場で働く秋田県人たちから、絶大な支持をいただいたのです。

もともと明治以降、数多くの秋田人が北海道開拓のために津軽海峡を渡りました。石狩川の治水工事などでは、勤勉で堅実な秋田人は信用人夫といわれ、その働きぶりにはひときわ定評があったといいます。

ふるさとを離れて厳しい労働に明け暮れる人々に、秋田富士の名と味わいは、何ものにもかえがたいものがあったのではないでしょうか。先代社長は、北海道の卸企業と共に、炭鉱街の酒販店をくまなくまわったものでした。

そしていま金紋秋田酒造では、熟成古酒と北海道のさまざまな食材との組み合わせによって、食の世界との関わりを広め、いっそう深めようとしています。………


◾「ご挨拶」~金紋秋田酒造 HPより
http://www.kinmon-kosyu.com/html/page17.html


…………………………


なるほど、そうか!………そういえば家に出入りした人のなかに元炭鉱夫のおっさんがひとりいた。或る鉱山で祖父と一緒、世話になったといって、亡きあとも義理がたく顔を出してくれていたのだ。


そして不思議なものだ、たったいま思い出したが、このおっさん、そういえば一度だけ秋田音頭を披露してくれたことがあった。独特の発音にほんのり赤くした人懐っこい顔、その調子のいいラップのリズムに圧倒されてこっちは目を丸くした。親父も大喜び、手拍子しながら「おお、いいどいいど、いげいげ~!」と煽っていた。いま思えば茶の間はもうさながらライブハウス、そんなハシャぐ親父を見るのも初めてだった。



♪コラ秋田名物八森鰰々(ハタハタ) 男鹿で男鹿ブリコ 能代春慶(しゅんけい)桧山納豆 大館曲わっぱ

♪コラ秋田名物コの字づくしを つまんで言うならば 坊ッコにガッコ笠コに小皿コ 酢ッコに醤油ッコ

♪コラ妻君ある人秋田に来るなら 心コ固く持て 小野小町の生まれ在所 美人がうようよだ


※……まだまだあるが、長いのでこれはあらためて


秋田 (2)


(つづく)



|

2017/08/25

秋田 (1)



今年の夏はずいぶんと豪雨が列島を襲う。どうやら海面温度の上昇が関係しているらしい。九州、北陸、東北、……そしてきのうからまた秋田がやられている。被害が大きくならなければいい。


その秋田、前にも方言のことで触れたことがあるが、振り返ってみたら自分もそれなりに関わりがなかったわけではないことに気がついた。そして、調べると北海道とも意外と深い繋がりがあるのが分かってくる。ということで、そんなことを思い出しながら徒然に少し書いてみようと思う。


…………………………


初めて会った秋田人は同級生のYだった。小5のときだったか秋田から転校してきて、体は小っちゃかったが運動神経がよく、道産子にはない大人びたところもあったが、なにしろユーモアが抜群だったからすぐ人気者になった。


そのYがまもなくして改姓、Tになった。担任が朝礼でみんなにそのことを伝えた。小さな家を借りて母親とふたり暮らし、はるばる転居も含めてさまざま事情があったのだろう、それでも本人はなにするものぞ、相変わらずひょうきんを続けた。それだからか、クラスの者もそのことには触れずいつもと同じを通すことができた。


そしてこのT、転校してからというものずっと秋田弁を変えることはなかった。おもしろがってみんな笑ったが、逆にそれで笑いをとるくらいにしたたかで、そのへんはそんじょそこらの芸人以上のものがあった。いま思えば、何から何まで激変していく環境のなかで、自分というプライドをどうにか保っていく最後残された頼みの綱だったのかもしれない。


ある社会科の授業で、教科書に秋田県横手の記載があり、豪雪地帯であること、かまくらで遊ぶ文化があることなどが紹介されていた。先生に促されてTが嬉々として説明する。質問が飛ぶ。担任はさすがだったと思う。知る者と知らない者とが一緒になった。そしてTに誇りをもたせた。


そしてこいつは歌もうまかった。小っちゃいのに音量たっぷり高音がよく伸びて、さすが民謡の地だとも思った。放課後、掃除の時間になればホウキをギター代わりによく一緒にデュエット。「バラ色の雲」「ブルーシャトー」「長い髪の少女」……愉しかった。


あれから半世紀、……そのT、板前になって今もずっとその街にいるという。通りで母に会えば向こうから声をかけてくれるというから、まだぼんやりとでも自分のことを覚えてくれているのだろう。


秋田 (1)


(つづく)



|

2017/08/23

体感



イカめしの値上げがニュースに…
道南のヤリイカ不漁、深刻らしい

2つ入りで650円 それが780円に…
子供の頃は確か 3つ入って200円

それもこれも結局は世の移ろいか


それを見てたらこれを思い出した

映画の「ニューシネマパラダイス」
冒頭テーマとともに現れるあの海


あれ?、なんだろう……


…………………………


ゴトゴト函館から帰る鈍行列車
ブォー!トンネルだ窓を閉める

闇を抜けやれやれ、また開ける
と、あの独特な重い煤煙の匂い


そんなこんなを繰り返しながら
駒ヶ岳の裾をまわると海に出る

ガタン!シュー、ホームに着く


…………………………


降りて水呑場直行、走って戻る
ハアハア間に合った、席に着く


ホームには阿部商店の弁当売り
窓からイカめしをゲットする客

フタを開けると香ばしい匂いが
いいな……自然に腹がグ~と鳴る


それを見た相席の行商婆ちゃん
ほれこれ食え、腹へってんだべ

えれぇな、小っちぇのに独りが?
ミカンの甘さがパーッと沁みる


見でみれ、暗くなってきたでな
促されて窓の外、海を見つめる

日が沈んで冷んやりモノクロに
クゥ!暮れなずむカモメの静寂


ゴトン!ようやくまた動き出す


…………………………


子供のころに見たこうした光景
焼き付いていつまでも離れない

そして匂い、空気、振動、音……
一度染み着いた感覚は消えない


それが遥かどんな遠くなっても
目の前にあるかのように現れる

いや、もしなくなったとしても
きのうのことのようにすぐ蘇る


アルフレードがトトを突き放す


体感

函館本線森駅



|

2017/08/21

移住



人口減少、都市消滅、……
これからどうなっていくのか


そんななかで
少なくなるパイの獲得競争が

どうやら
地方志向が高まってるようだ

生き残りをかけて
どんどん熾烈になるのだろう

ますます
受け入れの本気度が試される


ちなみに

人気1位はルーツ長野県

2、4、5位は北陸各県

3位に、生まれた北海道


◾移住希望、相談件数が1・5倍…全国1位は長野
http://sp.yomiuri.co.jp/national/20170820-OYT1T50013.html



……はて、最後はどこになるのか

親父はここに戻りたがっていた


信州上高地~梓川

移住



|

2017/08/20

豪雨



きのうは夕方から突然のゲリラ豪雨

遠くで雷が鳴り出したかと思ったら
叩きつける雨で前が見えなくなった


市からは次々と警報が繰り出される

急に風もひどくなって竜巻注意報も
そしてあちこち冠水、通行止め情報


さいわい3時間ほどでおさまったが
それでも、あれで 20ミリ/hだという

最近はあちこちで 100ミリ/hがある
どんななのだろう、想像がつかない


きっと、あっという間に押し寄せて
みるみる恐怖が増していくのだろう

ふだんは考えないが、これを機会に
想像ぐらいしておくべきだと思った


豪雨



|

2017/08/19

無音



歩いていたら道のまんなかに何か見える
なんだろう、近づいてみる、……あ、蝉だ

あれだけ鳴いてたのが嘘みたいに仰向け
ついに最後か、……と思ったら少し動いた


羽根のチカラはもう残っていないらしい
クルマが通るたび手足だけバタつかせる

「たすけて」と言ってるようにも見える
まだなんとかしたいということなのか…


クルマからすれば、気づけるはずもない
こんなとこにいるほうが悪いことになる

とはいえ、このままだと潰されてしまう
できるのは脇に寄せてやることぐらいだ


蝉たちが林を離れて街をさまよい始めた
どうやら夏も終わりが近づいてるらしい


無音



|

2017/08/18

一瞬



おお、そこにいたか

恋しい君よ、瞬きの逢瀬よ


一瞬



|

2017/08/17

燃焼



雨があがったそのスキマ
この時とばかりに現れた


体いっぱい自分を鳴らす
MAXで 思いっきり ffff


弱めて p にしたりしない
嫌でもすぐにそうなると…


↓「ダウンロード」とありますがクリックで動画(0'12")
「Video_Zip_20170815_125127.mp4」をダウンロード


燃焼



|

2017/08/16

長雨



16日連続、記録的な長雨
そしてこれがえらく寒い

きのうはあちこちで大雨
きょうも危ないらしい…


狂いっぱなしのバランス
一体どうしちゃったのか

暑けりゃ暑いで愚痴るのに
それでも恋しいなお陽さま


◾関東 8月後半もしばらく雨 - 日本気象協会
http://www.tenki.jp/lite/forecaster/diary/t_yoshida/2017/08/15/79121.html


長雨



|

2017/08/15

終戦



テレビで樺太戦のことが
終戦なのに凄惨な7日間


北海道への引揚者は多い
函館港にも大勢が入った

友達の母親もそうだった
命からがらの壮絶な体験
ずいぶん話をしてくれた


アメリカとのあの沖縄戦
そしてロシアとの樺太戦

本土の防波堤にさせられ
無辜の民が犠牲になった


…………………………


これに限らず戦争のこと
学校は何も教えなかった

前をみろ、後ろは見るな

そんなムードに流されて
知ることすらも阻まれた


そして得たのは教条主義
リアルぬきフワフワ観念

それだけだとイチコロか
すぐぶっ飛ばされそうだ


…………………………


何を伝えてもらえたの?
何を受け継げているの?


今からでも遅くはないか

昭和は遠くになりにけり


◾「昭和」~音の細道(2015.4)再掲
http://ameblo.jp/kitotan-music/entry-12020246078.html


終戦



|

2017/08/14

盛衰



戦後まもなく 1950年代の好景気
朝鮮戦争を経て高度成長が始まる

我々が今あるのもきっかけは軍需
誰も口にはしたがらないが事実だ


…………………………


考えると自分の実家もそうだった
行商から始めてどんどん波に乗る

物が溢れ場所が足りず蔵を建てる
豪商というわけでなく簡素なもの


質屋は庶民が気軽に通う一六銀行
みな当座を凌ごうと物を持ち込む

その後、飛行場の改修で人が入り
また足りなくなりもう1つ建てた


…………………………


ひとつの蔵には
着物、背広、革ジャン、布団、…

入ると樟脳の匂いがツン鼻を突く
預かるものにとって防虫は生命線


もうひとつの蔵には
ラジオ、テレビ、冷蔵庫、掃除機、
カメラ、ステレオ、バイク、…

電気製品は次々と新しいものが…
この国の勢いを目の当たりにする


…………………………


そういえば、楽器もよく預かった


ハワイアンで使うスチールギター
マヒナスターズが流行ったからだ

その次は、テケテケエレキギター
これは勿論ベンチャーズの登場だ

意外と多かったのがあのウクレレ
漫談の牧伸二がテレビで大人気に

次は、テナーサックスとフルート
ブルコメ井上忠夫がかっこいいと
買ってはみたもののすぐ売る人(笑)


ほかアコーデオンやガットギター
そんなことからか楽器には憧れた

なかでも木管楽器は心ときめいた
キーがメカニックでキラキラ輝く

これが後の吹奏楽への扉になった
が、あてがわれたのはチューバ(笑)
希望は通らずに我慢の時代だった


…………………………


横道にそれたが、そんなわけで
質草を蔵へよくとりに行かされた

小学校にあがってまもないチビが
デッカい鉤型の錠をもって向かう


夜なら懐中電灯をもちながら探す
荷札の番号と名前を照合するのだ

なにしろ、棚という棚に山積みだ
見当たらないと言えばどやされる

そしてこの蔵ほかにも応用された
悪さすれば真っ暗閉じ込められる


…………………………


そんなさまざま預けられる質草も
3ヶ月でとりに来なければ質流れ

流れ品は今度は古物商として売る
売れなければそのぶん貸し倒れだ
よく売れたのはカメラ、腕時計だ


そんな流れ品を毎朝店先に並べる
並べ方も見て欲しくなるよう工夫

それから朝飯をかっくらって登校
寝坊すれば朝飯を抜いても並べる

別に小遣いひとつくれなかったが
一度だけ古びた腕時計をもらった


…………………………


その質屋も1970 年代に入る頃には
先行きに暗雲が立ち込めはじめる

手軽なローン購入がどんどん普及
そして皮肉にも公的福祉の充実……


月利9%は見向きされなくなった

あれだけ全国で隆盛だった質屋も
そんな動きに流されてどこも廃業


…………………………


実家も客がなくなり看板をおろす
この半世紀、蔵も空っぽのままだ

もうしばらく中に入ってないから
今はさながら動物園かもしれない

いずれ解体しなければならないが
なかなかキッカケを掴めずにいる


あんな大車輪で活躍していたのに
今はひっそりすまなそうにしてる

暮らしを支えてくれた大スターが
なんだかえらく小さく見えてくる

そんな姿を晒すことでこの蔵たち
戦後この国の盛衰を教えてくれる


盛衰



|

2017/08/13

緩急



いやあ、ここがこんなにゆったり広々してたとは…
いつもはあれだけギュウギュウごった返してるのに


なんだか知らぬまに取り残されてしまったような気もするし♭

いや、それだけ自分が少しは大きく戻れたような気もするし#

はたしてどっちが合ってるのか、考えてみても結局よくわからない



とすれば、これも人に必要なメリハリということだけかもしれず
あれかこれか二択だけではうまくいかないようにできてるらしい

ちなみに高校野球でも賢くメリハリをつけれる投手が勝ってる(笑)


忙と閑と、密と疎と、群と個と、急と緩と、……都市の音楽
その妙がどんなものか、あらためて耳を澄ましてみる


緩急



|

2017/08/12

廃屋



「したら行ってくるど~!」


「あいよー!」
「ほれ、あんたも起きなさい!」


「う~ん、むにゃむにゃ」



見てたら聴こえてきた………


モノよりコト、カタチより物語


廃屋



|

2017/08/11

歳月



帰省だろう街はすっかり空っぽだ

道路、駅、空港、そちらは大混雑
これはもうさながら民族の大移動


萩原健一の「渋滞」を思い出した
やれやれ着いたその足ですぐ帰る


歳月


…………………………


こちらはといえば
墓参りに行ってもうひと月が経つ


お盆は地域によって時期がちがう
紛らわしいが新盆7月と旧盆8月

函館は7月、道内ではめずらしい


…………………………


函館から足をのばした生まれ故郷
ここのお盆は函館と違って8月だ

ということで墓場に寄ってみると
当然ガランとして誰もいなかった


子供のころから馴染んできたここ
大川のほとりで静かに御霊が眠る


お参りのあとぐるり一周してみた
昔に比べずいぶん墓が増えている

なかには見覚えのある名も………
ああそうか、……歳月の長い空白


…………………………


ここへはいったい何度来ただろう

みんなヨチヨチの時から来ている
そしてヨボヨボになるまで続ける


8月にはまたごった返すのだろう
孫に手を引かれる姿なんてのも…



最後、出口で全体を一望してみた

辿ってきた歳月、それがどうあれ
穏やかなところは何も変わらない


歳月



|

2017/08/10

山形



きのうの日大山形VS明徳義塾、延長ナイターにもつれこんで最後まで息のつけない、いい試合だった。そして日大山形、惜しくも最後は力尽きたがいいチームだった。


東北から出てきたチームは全部応援することに決めているが、この日大山形、前に職場で一緒だった女性の出身校だったからよけいに力が入ってしまった。ほがらかでユーモアたっぷりのこの女性、ここを卒業したあとなぜか進学で山形からはるばる札幌にまでやってきて、いまも元気いっぱい札幌で活躍している。


それともうひとり、やはり山形は南陽市だったか、同じく札幌へ進学してそのまま就職したこちらは男性、一緒に机を並べていたことがある。優しくて温厚実直なこの青年、なぜかその前だと、こちらの得意のハッタリも(時にウソすれすれ)影を潜めざるを得なくなるそんな不思議な力を持っていた。もし自分に幾ばくかの誠実というものが身についているとするなら、かなりの程度でそれは彼のお陰である。


…………………………


その山形県、なぜか縁があってこれまで結構行っている。仕事のこともあればプライベートもあった。


【天童】
ここは2回、どっちも出張だったが天童に空港があって札幌からも便利だった。将棋の駒の産地で有名だが、どんぶりで食べる野性的ごわごわ蕎麦、これが噛めば噛むほどに風味が出てきて美味かった!

【山形】
これは仙台から仙山線に乗って家族連れで行った。ちょうど花笠祭り、会場まで歩いたが、賑やかななかにも穏やかさが感じられていい街だったのを憶えている。喜んでしまった娘はホテルのベッドで跳びはね夜遅くまで花笠踊り……そして翌朝はその足で蔵王へ。

【蔵王】
これはロープウェイで頂上まで登りドンコ沼で一休み、玉コンニャクがうまかった!夜はゲレンデで jazzフェスを観てロッジで一泊。

【米沢】
これは確か福島に出張したときに足を伸ばしたと思う。上杉神社を訪ねた。先祖が武田から追われたときに上杉家にはずいぶん助けられたと親父から聞いていたからだ。そして山あい奥深くに入った白布温泉、これが歴史も古く建物も温泉も風情があって大感動、出してくれた米沢牛にも大満足!


…………………………


そんなわけで計4回ということになるだろうか。ただ、まだまだ行ってないところはたくさんある。

最上川、鳥海山、月山、羽黒山、……古代信仰の残る土地柄だというから興味は尽きない。それに北前船は庄内の酒田、鶴岡、……これは蝦夷地との関係を体感してみたい。


というわけで、いずれなんとか機会をつくって行ってみたい。そういえば祖父は松前を出て何を思ったか東北各地を放浪、まず頼ったのが山形の親戚宅だったという。ひょっとしてこれも何かの縁かもしれない。


山形



|

2017/08/09

高温



外をうろつくのは危険だという


高温



|

変色



長崎は一度だけ行ったことがある


特急かもめ、稲佐山、路面電車、
坂道、浦上天主堂、原爆資料館、
そして平和祈念像


撮った写真をさがしてみたら
なんとセピア色になってる!


まだデジカメなんてなかった
写真屋さんに持ち込むDPE
写るんです全盛だったような


…………………………


ひっくり返すと裏にメモ書き
「46年目の春に」1991.2


えっ!?もう26年にもなるのか…
そうか、子供もまだ幼稚園だった


ちょっと前のような気がするのに
時は簡単に過ぎてゆくものらしい


写真は色褪せる、形あるモノは消える
しかし、記憶ばかりはそうはならない


8/6広島、そしてきょう8/9長崎
あの46年目が、72年目になった


変色



|

2017/08/08

郷土



台風5号はノロノロと列島縦断
いま北陸で東北へと進むらしい


各地にもたらしている大雨は
海からの湿った風が悪さする


空を見上げるとまだその雲たち
南から凄いスピードで流れてる

それでも少し青空も見えだした


郷土


…………………………


この台風で1日順延となったが
きょうから夏の甲子園が始まる


まだ油断できない地域も多いが
少しは気晴らしになるだろうか



甲子園はやっぱりいい
老若男女、声援が飛び交う

クニどうしでガチンコ
東西南北、方言が飛び交う


なにしろオラがお国自慢だ
みんな我を忘れて熱中する

一度旅すがら寄ったが凄い雰囲気
石川星稜の応援席に紛れ込んだ(笑)


…………………………


自分も根っからの野球好き
子供の頃は夢中にやってた


どのチームも応援するが
やっぱり道内勢に肩入れ

郷土愛というのはほんと不思議
離れるほど地元魂が疼いてくる


そんな人たちが全国津々浦々
きっとゴマンといるのだろう


…………………………


これは札幌の円山球場
何度通いつめたことか

日付をみたら5年前だ
彼らは今はもう社会人!?


郷土



まわりの山、涼やかな風…
写真を見るだけで爽やかだ


だと、甲子園は地獄だろう
蒸し暑さとも闘わなければ

ハンデを言い訳にできない
北海、滝川西、負けるな!


……ひとり力んでどうする!


郷土



|

2017/08/07

宣言



これは以前、函館空港のロビーでみつけたポスター

近づいてよく見てみた。すると小さく文字が……



【いつの時代も新しい文化は函館からはじまる】



おお!大きく出たな、よく言った!……しかし、ん?待てよ

う~んなんだろ?いい線いってそうで何かしっくりこない
それになんだか、おいおい、ほんとか?とも思ってしまう


◾まず、地名を入れ替えればどこの街でも使えるフレーズだ

文化を文明開化のニュアンスで使ってるのかもしれないが
なら、横浜や長崎などはもっとそう思ってるかもしれない

ほかの街にはない独自性、優位性が何なのかが分からない


◾もう1つどこか他人事というか依存的な感じがしてしまう

どうしてだろう………暫しそこに立ち止まって文字を見つめる


…………………………


すると

そうか、一歩まちがえば過去の栄光へのすがりとも……

それと、「はじまる」よりは「はじめる」とすべき?……



ずっと見ていたらわかった。主語が隠れてて見えないのだ

嫌われないよう控えめに抑え謙遜をみせたのかもしれない
或いはビッグマウスな内容に自ら怖じ気づいてしまったか


が、他動詞くらい使わないことには主体性が見えてこない
やるのはあくまで人で、街のイメージは何もしてくれない


恐いのはこういう微妙なところに意識が透けてしまうこと

日本語はほんと難しい、1語1字の選びで変わってしまう
せっかく果敢に発信してもシャイが過ぎると伝わりにくい


…………………………


ただ、一方でいつやら郷土愛が聞かれなくなったのも確か

自分の街に誇りをもち次代に繋いでいくのが難しくなった
函館も開港からの往時の繁栄が忘れ去られようとしている


そうすると、おそらくこれは自らを奮い立たせる宣言なのだろう
そう考えると、今ふたたびのこのキャッチコピーも分かってくる

あとは有言実行、実際何をするか。地方の時代、頑張ってほしい


※と思ったらちょうど今
「はこだて国際民俗芸術祭」というのをやってるらしい

今年でもう10回目になるという、知らなかった……
誰が何をどんなふうに発信してるのか今度行ってみよう


宣言



|

2017/08/06

夏祭



踊り子たち、これから本番らしい

ただ、今でも32℃、湿度80%!


それまでは木陰に避難、省エネだ

やんや、大丈夫か!? ……無事を祈る


おっさんは帰ってエアコン、寝る!


夏祭



|

鎮魂



修羅場と化したこの川

もうかれこれ8年前か
ここに座り暫し眺めた


ボランティアの語り部たち
熱く子供たちに伝えている


肩のピアニカを取り出す


と、一人の若者が現れた

ドームに向かって舞いを……


◾「Wise One」Pharoah Sanders
https://youtu.be/-gMvHusU7WE


72年目

鎮魂



|

2017/08/05

場所



肩寄せ合う街の隅っこ

猫の額ほどのこの隙間


抱っこで日なたぼっこ

よちよち歩きを始めた

近所の子と走り回った


友達の悩みにものった

ときめく恋もしてきた

子供たちも連れてきた


全部このベンチだった


そして……よっこらしょ

一息つくようになった


場所



|

2017/08/04

朝顔



幼稚園の園庭の前を歩いていたら

あ、朝顔だ、愛らしい、パシャ!


すると

その隙間からヌーッと顔が……

それも1つ、2つ、……5つ


園児たちだ、朝顔より朝顔!?(笑)

嬉しいおチャメにあとずさり……



元気に声をそろえて言う

「朝顔、持ってっていいですよ!」

「え!?ダメじゃん?」

「いや、先生がどうぞって!」

「そっか、ありがとう、でもおじさんはここで見るよ」


「みんな、朝から元気だね!」

「うん!」


一同顔を見合わせニコニコ

で、目がキラキラ輝いてる

いやあ、なんだか懐かしい


「じゃあ、頑張ってね」

場を離れると手を降ってきた!



道すがら考えた

どうして寄ってきたんだろう?

人気俳優と間違えたか……(笑)


人懐っこいのはどうしてだろう?

もしや園が教えてるのか

年寄りには優しくしろと……(笑)


それはそうと

こっちのほうが元気をもらった

この時代に、きっといい幼稚園だ

日本もまだ捨てたものじゃないな


朝顔



|

2017/08/03

隠家



この店はいつも jazz だ


BGMのはずがけっこう聴かせる
がんがんコルトレーンだって


なので懐かしく3時間はネバる
珈琲160円、おかわり100円(笑)


これはもう平成の jazz喫茶
気づけばアジトになってる



お、今度はビリーホリデイだ!
それも Willow weep for me …


いいぞ、朝っぱらにピッタシ
筆もなめらかだ、調子が出る



そうか、……振り返ってみると
なんだかんだどこへ行っても
独りになる居場所を見つけてた


函館ゲイト、バップ、想苑
高田馬場イントロ、あらえびす
札幌アクト、ボッサ、ウィーン


とすれば

これも変わらぬ習性ってことなのか…


隠家



|

2017/08/02

多発



関東平野、夜半に続いてまた揺れた
あの大震災から茨城県は随分と多い

家で寝ていてガバッ起き上がったが
それでも住んでるとこはまだ震度2


なぜか荒川のこっちは震度が小さい
地図をみてもそれがはっきり分かる

というわけでまだこっちはマシだが
はて今後はどうなるか、原発も多い


学生時代からずっと思ってることは
北海道と違って関東は地震が日常的

みんな地震に馴れっこになっている
「あ、またか」てな感じで驚かない

喫茶店でも誰も立ち上がったりせず
過ぎるのを平然として待ってるだけ


なるほどさすがという感じなのだが
この馴れっここそ一番怖い気もする


多発



|

2017/08/01

気質



都市の歴史をみる時に欠かせないのは、人口の集中とともに四方八方へとどんどん市街地を拡大させてきたこと。そしてそれを可能にしたのがインフラとしての鉄道だ。


東京はその典型だ。まずJR(国鉄)の線路、こちらのほうは明治の初頭からの国策として、とにかくまずは広域を繋ぐインフラということで順次整備されていく。


(北方向)東北線、高崎線、常磐線
(東方向)総武線
(西方向)中央線
(南方向)東海道線
(都内循環)山手線


そのあと今度は、上野、池袋、新宿、渋谷、品川、これら山手線上の拠点をターミナル駅として私鉄の鉄道網が放射状にどんどん整備されていった。


(北方向)京成、東武
(西方向)西武、京王、小田急
(南方向)東急、京急

今ではそれぞれが郊外で網の目のようにたくさん支線を持っていて、毎日毎日大勢の人を運んでいる。


ちなみにこれらの私鉄を経営する会社は、どれも鉄道だけでなくバスも、そして住宅開発からそれに伴う商業も娯楽も、……何から何までを一体的に事業展開した。今でも沿線にはデパート、ストア、遊園地などたくさん目にする。こうした沿線住民の暮らしを総合演出するやり方は、そう、あの阪急の創業者小林一三が大阪で初めて成功させた手法だ。


…………………………


さて自分の行動範囲、いつも使う鉄道から振り返ってみると、圧倒的に北側が多いことが分かってくる。まあ、住んでるのがそっちだから当然といえば当然なのだが、そこを選んだのにもどうやら某かの因縁がありそうなのだ。


この北側というのは、「大宮」「赤羽」「上野」「池袋」……言葉をとっても雰囲気をとっても東北の気質が濃厚に現れる。そう、重くて土臭くて、そして人間臭いのだ。人の移動とともにそれらの気質も一緒に流れてきて今があるのだろう。北へいけばいくほど少しずつグラデーションをなしている。

振り返ってみると、江戸時代には農産物や工芸品、そして明治に入ると生糸や織物、それらを通じて江戸との交流はずいぶん昔から盛んに行われていた。当時のインフラといえば、中山道、日光街道、水戸街道、川越街道、それに川を使った水運。そして昭和にはあの集団就職、ぞくぞくと東北から人が文化が流れ込んできた。


…………………………


それに比べると、南の玄関口である「品川」「渋谷」などは、東北よりやっぱりどうしても西日本の匂いがしてくる。それはそうか、その方向には長く時代を引っ張ってきた奈良、京都、鎌倉がある。


そしてここがおもしろいところなのだが、この界隈の雰囲気というのは、やはり朝廷から源平、そして薩長土肥、さらには浦賀や横浜に上陸してきた外国人、そうやって繋げてきた歴史のメインストリームのせいなのだろう、妙に明るくて華やかというか自信たっぷりというか、そんなところがある。そして、その軽やかさがどうにも縁遠い感じがして自分には何かピンとこない。


…………………………


すると、ああそうか、やっぱり自分は北の人間なんだなと感じてしまう。どんなに意識をグローバルに広げたとしても、どんなに南西方面の人間と和気あいあい渡り合ったとしても、こうしてふとした時に根っこが顔を出してきて、「おい、忘れるなよ」と背中を引っ張ってくる。


そんな時だ。ともすれば見てみぬふりをしがちな歴史の定め、そこからくる出自というものに、それがたとえどんなにネガティブに伝えられ彩られきたものであったとしても、それでもやっぱりそこに誇りをもつしかないだろうと褌を締め直すのは。


よく言われることだが、海外に出た日本人が独り孤軍奮闘、それでも向こうの圧倒的なパワーに押しまくられ、その時になって初めて日本というものを意識するようになるというのがある。ひょっとしてこれもそれと似たところがあるのかもしれないぞと思ったりもする。


プロでもアマでも敗けグセのついた野球チームが、どうせダメだし……と諦めきってだらだら試合するのを見させられると、なんとも心苦しく映ってしまうのは誰も同じだろう。そうしてみると、あの忘れもしない駒大苫小牧高校の連覇、あれはその点で画期的な出来事だった。誰もが絶対に無理だと思ってたことを成し遂げてしまったからだ。

さて、また甲子園が始まる。東北・北海道のチームが西の伝統強豪校によもやの一泡を吹かせる、そんな試合を期待して応援に精を出すあのいつもの夏がやって来た。去年、前評判もなく準優勝したあの北海高校もまた出てくるらしい。


気質



|

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »