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2017年1月の23件の記事

2017/01/31

異民



きのう飛行機で戻った。すると


暑っ!函館0℃ → 東京20℃!

カイロ剥ぎとる、服ぬぎまくる
それでも汗だく

たった1時間でこれだも日本列島……


それがこっちの人はダウンのまま
へっちゃら汗かかない

なんだか見てるだけで暑苦しい

なんだかムリヤリ脱がしたくなる(笑)


異民



そしてたそがれどきの帰宅、澄んだ景色が出迎えてくれた

富士山も三日月もくっきりと綺麗だ。トワイライトのクレッセント

ここから富士まで80キロ、月だってそんなに遠くなさそうだ

コルトレーンの「クレッセント」が聴きたくなってきた


異民



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2017/01/30

一輪



ここ一輪のチカラ


一輪



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除雪



北国の冬はほんとに雪かきとの闘いだ
おととい未明も強風のなか雪が舞った

朝6時には颯爽と除雪車がやってきた
ガタンゴトン、ガガーッ!騒音と振動


でも誰一人文句を言ったりなどしない
寝れねえぞ!と苦情を言う人もいない

みな事前に雪かきを済ませておくのだ
家の敷地内の雪を道路側に寄せておく
それをダンプに積んで搬出してくれる
幹線道路ゆえの特別の官民協働関係だ


こうして厳寒の雪国、町内の朝は早い
どこの家も5時になればみな出てくる
そのほとんどが80代、若手で70代

年寄りどうしの声掛けで一日が始まる
最後は引きあげる除雪車に手を挙げる


除雪



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2017/01/29

帰郷



改札を抜けるとそこは雪国だった


帰郷



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2017/01/27

海越



きのうはほんと久々に全国的に晴れわたった。スッキリ青空。

おかげで羽田~函館の旅も、気持ちのよいフライトになった。

着陸後、手持ちした防寒グッズ一式に着替えようとしたら……


あれ、なんだ!? あったけっしょ!やんや、雪も少ねぇべしよ

風も春みたいだっきゃ?防寒フル装備こりゃいらねがったな

これだらよ、なんだが出でくるどぎのほうかえって寒がったわ……



大間
海越

歓迎
海越

立待
海越

大門
海越


…………………………


明けて今朝6時、起きるとなんと気温は季節はずれの6℃!(ちなみに東京は2℃)。

シバレを覚悟して寝る前、頭にかぐや姫のように巻きつけたバスタオル、これがかえって暑苦しいお目覚め。

ということで外へ出てみる。するとなんと珍しく「1月の雨」。6年前に札幌で同じことがあって作った曲があるので聴いてみた。なんとも懐かしい。

と思うまもなく、すると今度はゴロゴロと雷が鳴り出した。なんだろうと思ったらこれから暴風の嵐になるという。かくして道南の荒天、なんと慌ただしいことよ。さすがにまだそんな曲は作っていない。


海越



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2017/01/25

損得



あの解体住宅、あっというまになくなって、このとおり何事もなかったようにきれいに整地されている。


損得

損得



そのすぐ近くでも、ほかの住宅が取り壊されているのを見つけた。


損得



そしてもうひとつこちら。これは先月解体をしていた土地だが、もう既にアパートかマンションの建設工事が始まっている。


損得



どうやら、建築バブルが起こっているというのは本当のようだ。

相続税の税制改正があって対象資産額が下げられて以降、今のうちにアパートなどを建築しておくのが最大の節税対策になるとして、土地所有者に業者があちこちで持ちかけているらしい。


しかしこの人口減少の時代、借家自体の空室率は急上昇している。ただでさえ一方では空き家が増えていることが問題になっているのだ。

造っても空きが出る。そうすれば家賃も下がる。税優遇も時限的。いざ建築に踏み切ってもそんな落とし穴がたくさん待っているという。


もちろんそれぞれ事情はさまざまあるのだろうが、全体として実需に見合わないものを目先にとらわれてそれいけどんどん、わんさか造っていくのをバブルという。

あれだけ大変な思いをしたはずのこの国、あれからまだ30年も経っていない。さまざまその後片づけにヘトヘト長く奔走させられた身としては、今ではただの通りがかりだが、こうした風景を目にするとやっぱり老婆心も手伝ってか、なんとも言えない気持ちにさせられる。


◾相続税対策に建設相次ぐアパート 思わぬ落とし穴が待っていた! : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2015/05/16235368.html?p=all

◾相続税対策でアパート建築 3つのワナに注意|マネー研究所|NIKKEI STYLE
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO06531350W6A820C1000000?n_cid=LMNST016


損得



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2017/01/24

耐寒



寒気が列島をすっぽり包んで、今朝は各地この冬一番の低温になっているらしい。

確かに朝4時ふとんを出たら、いつにない底冷えですぐに靴下を履いてしまった。


耐寒


調べるといまは少しやわらいで氷点下から脱しそうだ。ついでに那覇を見てみる。


耐寒


羨ましいなあ、あったかそうで。冬だけでも南で暮らせたならどんなに楽だろう。

それではと今度は旭川。どひゃ~!寒いなんて言ってたらバチが当たりそうだ!

耐寒


ほんとに日本列島はさまざまだ。それぞれがそれぞれの環境のなかで暮らしてる……



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2017/01/23

老葉



道すがらみつけた葉っぱさん
なんだろう線香花火みたいだ
暫し見上げる……聴こえてきた


ぼくらはみんな生きている
生きているから歌うんだ
ぼくらはみんな生きている
生きているから生きるんだ

葉のウラを太陽に
透かしてみれば
真っ赤に流れる
ぼくの血潮

子供だって大人だって
年寄りだって
みんなみんな生きているんだ
友達なんだ


老葉



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2017/01/21

一言



ネットがこれだけ普及するとはいったい誰が予想しただろう。社会は一変し、SNS の登場で誰もが情報を発信できるようになった。そして最近では Twitter などで政治のことを気軽に呟く人も多い。

どこか片隅にいる誰かの一言で、それがどんどん拡散して世界中の大きなうねりになったりなんてこともあるくらいだがら、ほんと隔世の感、少し前には考えられない時代になったものだと思う。


ただ自分はとなれば、古いのかもしれないがそうした今の流れには乗れずにいる。というか、そうした空気に或る種怖さを感じてしまうのだ。これは理屈以前の感覚的なもので、そういったものに触れるとなぜかまずは避けたくなってくるのだった。


…………………………


そもそも、もとから政治のことは書かないことにしている。興味からいえば人一倍強いほうだとも思うが(一応これでも政治学科だった)、もしかするとそうだからこそかもしれないがそう簡単には書けないのだ。

出来上がったナアナアの仲間内で呟き合うだけならまだともかく、かりそめにもさまざま違う考えをもった不特定多数の人を前にして、入り組んだ複雑なことをワンワード、ワンフレーズで伝え切ろうなんて、土台無理に決まってると思うからだ。


とはいえ、ネット上ではあちこち言葉足らずどうしでああでもないこうでもない、やんややんやと一言ワンフレーズが毎日のように騒々しく飛び交っている。そしてその内容はといえば、結局が好きだとか嫌いだとか、感じいいよねとか感じわるいよねとか、その程度にとどまることがほとんど。どこかの大統領まで……


…………………………


お互い冷静にゆっくり言葉を尽くしてきっちりやり合えばいいのにとも思うのだが、ただ、そうした微妙なところまでをしっかり書いて伝え切るには、広い識見はもちろん、それ相当のボキャブラリーが必要になってくる。少なくとも自分に関して言えばそこまでの自信がない。


もしそれでも、あえてちゃんとやってみるというのであれば、何日もかけて熟考したうえでの、それも何ページもの長さになってしまうだろう。そしてそれをいざ相手と本気でやるというのなら、やはり文字ではなく対話、数時間対面ひざ詰めで真っ向1対1、やっぱりダイアログディベートしか方法はないのだろう。そうでなければお互いの考えてる微妙なところまではそうそう伝わらないし、そしてこれが一番大事なところだが、かりそめにも民主主義の根っこである「双方向の真摯な気づき合い、影響のし合いっこ」なんてできるわけがないと思うのだ。


…………………………


こうしたディベートは、昔はそれなりに友人同士でも同僚どうしでも、そして親子だろうが上司部下だろうが、口角泡飛ばしてガチンコ、丁々発止のやりとりがあちこちで見られた。それを通じて、最後は自分のほうが破綻して脆くも崩れてしまうこともあったし、はたまた平行線のまま険悪になって関係がこじれてしまうことすらあった。でも、そうした結果を招いてしまうかもしれないことをさほどには恐れていなかったように思う。


向き合うというのはそういうことだろう。今は失うことを恐れすぎて、関係もほどほどにしておこうというベクトルが働きすぎている。そう、傷つけ合わないようにとの慮りが必要以上に過ぎるようになったことで、まさに萎縮し切っているのだ。だから社会に活力がなくなっている。それは政治だろうが、文学や音楽だろうが同じことが言える。


…………………………


確かに今ではもうそれもそう簡単ではないかもしれないが、だからといって、何につけても世の中そんな竹で割ったような一言で済ませられるというわけでもない。そしてそんな一言に「いいね」を一応ポチっておけばそれでいいというわけでもない。


そう考えると今の状況というのは、忙しいことを理由にしながらそれでも一応の格好だけはつけておきたい、つまり何にしても対外的にはフリをすることばかり器用にこなしておく、そしてことあれば、アウンで分かり合える安全な同質の群れのなかだけに逃げ込んでいく、そんなふうにも見えてしまうから厄介だ。そんなだからだろう、誰かが偉そうに呟いているのを目にすることがあっても、はてこの人はどこまで理解を深めようとしているのだろう、真相に近づきたがっているのだろうと分からなくなってくるのだった。


…………………………


というわけで、そんなのである限りワンワード、ワンフレーズには付き合わないことにしている。相手の言葉足らずなところをこちらから懸命に何度も質問して引き出し、言いたかっただろうことを把握するその入口に辿り着くだけでもヘトヘト疲れてしまうし、そしてそこまでしても結局はだいたいが徒労に終わるのが見えているからだ。それどころかいざ付き合い出せば、かえって感情が先走ることで逆に誤解が誤解を生んだりで、ただただお互い不信が増幅してもっと悲惨な結果をもたらすだけになってしまうこと必至だからだ。


そんな目で今のさまざまを眺めていると、かえって放っておいたほうがいいような、どうでもいいたわいもない一言に、世の中なんとびくびく過剰反応している人たちが多いことか。想像を巡らすのに費やす時間にしろエネルギーにしろ、こうした疑心暗鬼になりながらの空回りはなんとも勿体ないような気がしてくる。そしてそれどころか、もしそんなのがこのまま続いていくとしたなら、なんだか知らず知らずどんどん世の中がその一言に流されていってしまいそうな感じがしてきて、まこと空恐ろしくなったりもするのだった。


…………………………


長くなったので結論。

「短く分かりやすい」というのは、省略形で言い切るのは発するほうも受け取るほうもそれなりに小気味がいいし、時に必要なことなきにしもあらずだがせいぜいその程度であって、俳句のような解釈に幅をもたせるほうが余韻があっていいアソび、つまり「情の世界」ならともかくも、政治のような、それによってともすれば互いの不信が増幅して殺し合いにも発展しかねないような「理の世界」では相当のアブナさが伴う。

だからこそどんなに面倒でも、その双方に、そうした生まれるかもしれないコミュニケーションギャップについて、そうならないように未然に埋め合わせていく相当の努力が求められる。そういう微妙な世界なのだということを決して忘れることがあってはならないのだろう。

ワンワード、ワンフレーズ、……それがひとたび大手を降って罷り通るようになれば、古今東西を見まわしてみてもおそらくこれほど怖いものはない。そこのところをしっかり噛み締めていつも頭に入れるようにしておきたい。


…………………………


※なんだか過去に似たようなことを書いたような、……と思って調べてみたらやっぱり出てきた。もし興味があればこちらも。

◾「画餅」2015.10.17
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-fcb4.html

◾「品性」2015.10.18
http://kitotan-music.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-385e.html



一言

一言

一言



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2017/01/20

幣舞



またジャズ関係の訃報が飛び込む。「釧路 ジスイズ」マスターの小林東さん。数年前から療養していたとは聞いていたが……


このジスイズ、1階はライブハウスで2階はフリースペース、音楽だけでなく演劇や舞踊や展示といった広くアートの拠点として開放、さまざまな人が出入りしていた。小林さんの懐の深い人柄が多くの人を魅了してやまなかったのだと思う。


…………………………


演らせてもらったのは、あれはもう8年前か。まず店に入るなり小躍りした。今では数少なくなった懐かしいダークな雰囲気、あの70年代を彷彿とさせてくれるその矜持にいっぺんに惹かれた。そして見まわすとグランドピアノが目立たずに奥にひっそり佇んでいる。それが飾り気のないぶん、やっぱり思ったとおりの鳴りで響いてくれたのをよく憶えている。


そして、20年暖めてたバラード「夜の幣舞橋」、それがやっと陽の目を浴びて待望の初演がここになったのが嬉しかった。アフターではその幣舞橋のたもとにある屋台まで歩いて交流、5月も半ばというのに釧路の夜はめっぽう寒かったのを思い出す。それでも地元の方々と和気あいあいえらく盛り上がった。……一期一会、今でも忘れられない夜。


そんなこんなを目立たずに一歩引きながら、終始優しく包んでくれていたのはあの小林さんだった。それがなんともカッコよかった。いつかこんな人になれないものかと思った。有難うございました。安らかにお眠りください。合掌。


※写真は引き伸ばしのため、ほとんど判別できないが
雰囲気だけでもということで。左手前が小林さん。

幣舞



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2017/01/19

住居



家の解体、そういえばこれまでたくさん目にしてきた。

身内の物件もそうだが、建替え、立ち退き、災害、……
人の意図するもの、図らずも不測のもの、さまざま。


…………………………


思うのは、この国はみないつも家に追われていること。

外国と違い木造が基本の文化だから当然といえば当然。
負担が大きくのしかかる割には寿命はせいぜい1世代。

家は当座を凌ぐもの、それで長くやってきたのだろう。


…………………………


それが風土だとしても割り切るのはやっぱり悩ましい。

重い負担に耐えながらなんとかやってきた過去もある。
いざ解体となるとさまざまよぎって足踏みしてしまう。


そう考えると、この風土にぴったりなのは方丈の庵か。
組み立て式であちこち移動、負担もなく気楽に逝ける。

と、夢見がちになるのだが……やっぱりその勇気もない(笑)


…………………………


さて、自分にしてもこれからほんとどうなっていくのか。
その前に親が建てた家のことを考えるだけでも悩ましい。

誰しもさまざま難しさがつきまとうこの「住まいと無常」
でも放ってもおけない。そろそろこの先を考えなくては。



築40年~壊すのは手配した重機(2013 郊外団地)

住居


新築~壊したのは招かざる災害(2011 三陸釜石)

住居



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2017/01/18

無常



いつも歩く駅へと続く道、今朝早く通りかかったら、なんとアパートがいつのまにか解体されている。

ついきのうまでまったくそんな気配はなかったから、その一瞬の変わりように立ち尽くしてしまった。

まだまだ使えそうでなんだか勿体ないよなとも思うが、こればかりはどんな事情があるか分からない。


…………………………


どうやら人は、今あるものがずっとそのままあり続けるはずだと勝手に思い込みたくなるものらしい。

現実はそんなことあろうはずもなく、街はずっとこうしてただ延々と新陳代謝を繰り返すのみなのだ。

これだってしばらくすると、そこにいったい何があったかすらおそらくすぐに忘れてしまうのだろう。


…………………………


ちょっと考えれば分かることも、それでもそのたびなにがしかうろたえてしまうのは一体なぜだろう。

何度もそんな経験を重ねて頭では分かっているのに、心がそう簡単についていけないのはなぜだろう。


きのうたまたま京都嵯峨野の祇王寺についてのテレビを見た。平家物語の舞台。諸行無常の響きあり。

そういえばかくいう自分も4年前、札幌郊外のまだ使えそうな家の解体に踏み切った。忘れかけてる。



無常



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2017/01/17

共生



思えば20代は麻雀漬けの日々だった。
で、この人のエッセイを読みまくった。

プロ雀士で作家の阿佐田哲也(色川武大)
さまざま教わるところ多くて敬愛した。


…………………………


特にこの言葉


麻雀は9勝6敗ねらいがちょうどいい

全勝続きだと誰も遊んでくれなくなる

そもそも麻雀ができなくなってしまう


…………………………


シンプルなのに深くて含蓄がある言葉。
自分だけなら自分のためにならないと。

相手のためだと始めないところもいい。
競争、弱肉強食、人間の業、独禁法……


日本は排他より多神教の寛容が似合う。
厚顔無恥よりは含羞(はにかみ)が似合う。


…………………………


折しもなにやら不穏さが増すこの世界。
勝ち負けに囚われ自分が自分がと内向。

そんな自分も相手がいてくれてのこと。
互いの共生なくしては何事も続かない。


誰もがこんな心持ちでさえいられたら、
まだこの世界も少しは平和に近づくか。


共生


共生



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2017/01/15

残月



朝7時、冬の夜明けは遅い

東を見れば太陽がおはよう

西を見れば月がさようなら


残月



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2017/01/14

全景



前回、富士山の眺望のことを書いてるうちにふとスカイツリーのことを思い出した。

スカイツリーは街なかにあるが背も高いからいろいろな所から眺めることができる。

いわゆるランドマークだが、裾から全景が見える場所となるとこれが意外と少ない。


自分なりに歩きまわって1ヶ所だけ探しだした所がある。お気に入りマイスポット。


遠くまで遮るものがない直線道路。
この辺りではなかなかめずらしい。

全景



おかげで裾からの全景がバッチリ。

全景



見通せるのはやはり気持ちがいい。
世の先行きもこう見通せればいい。

全景



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2017/01/12

戦争



いま住んでる部屋、玄関ドアをあけるなりちょうどすぐ目の前にくっきり富士山が見える。狙って決めた部屋というわけでもなかったからラッキーこのうえない。

電線はまあしょうがないにしても、ほぼその姿の全景が見えていたのだから、そのたび励まされたりで気持ちをキリッとさせてくれていた。


それが、去年からその前にマンションだろうかビルの建設工事が始まって、あれよあれよというまにあの雄姿のほとんどが隠れてしまった。ガッカリ。

なんとかしようにもこればかりはどうにもならない。まあ、今までがラッキー過ぎたのだと自分に言い聞かせるよりほかない。


…………………………


というのも、もうかれこれ15年ほど前か、こうした眺望をめぐる景観紛争に仕事で嫌というほど付き合わされたことがあった。みんなが集まって肩寄せ合いながら暮らす大都会のこと、それぞれが自分の土地財産を最大限に有効活用しようとするのは当然といえば当然で、するとこうした相隣関係のトラブルというのはどうしても付きものなのだ。

特にこうした山などの遠景眺望をめぐってのトラブルは絶えなかった。新規マンション建設が明らかになるや必ずといっていいほど起こる反対運動。どんな地域かといえば、だいたいがリッチなところ。暮らしに余裕があって権利意識が高いと自認している人の多いところだ。

そしてこのトラブル、いつものことだが、住民も業者もお互い意地を張り合うからいつまでも答は出ない。こうなってくると、すべての人が満足する答を見つけたいというなら、いっそのこと誰も家など建てずに、みんな原っぱにテントで野営でもして暮らすしかないだろうというのが結論だ。なぜかといえば、別に高層マンションではなくともどんな平屋の住宅であっても自分の目の前に建てられれば遠景など必ず遮られるからだ。まあそれは無理だとしても、あと少し現実的に考えられる解決策があるとすれば、みんなプライベイトは諦めて、いくつか用意されたパブリック共同展望場所を仲良く利用することで良しとするかだろう。


高層マンションの建設をやめさせようと強硬な反対運動を展開するグループ、そしてその当のマンション建設の企業、互いに意地を張り合う当事者どうしの間に入って、双方の着地点を探ろうとずいぶん膝付き合わせ話し合ったこともあったが、こればかりは法律と情緒との攻防、胃袋と観念との攻防と言い換えてもいいが互いに譲らず平行線でまったく埒があかなかった。


…………………………


ちなみに、せっかくの眺望が侵害されると強く主張する人に、試しにこう問うてみたことがある。


「では、過去にあなたがいま住むマンションが建ったことによって、その裏側で眺望が遮られてしまった人も現にいますが、そのことについてはどう思いますか?」

いきり立ったその答えに唖然とした。

「そんなことは関係ない。このマンションを建てたのは建設業者であってそこを買って住むことになった自分には何の責任も負い目もない。」


「では、山により近いほうに建てた先者が常に勝って後の人は我慢しろと?」
「それはたまたまのことだ。」


「でも、あなたがこれから遮られて被害を受けると反対しているマンションが建ったら、そこの住民もいずれあなたが今おっしゃったのと同じことをあなたに主張してくることになりますよ。」
「悪いのは住民ではなくすべて建設する側、大手ゼネコンのせいだ」


「それを欲しがる人がいるからそれを売りにする業者も出てきます。どうしましょう。」
「そんな我儘なものを欲しがらないように教育啓発するのがあんたらの仕事だろう。」


「あなたはそれを欲しがったんじゃないんですか。」
「自分は眺望欲しさに買ったわけではない。買ったら眺めがよかった。」


「そうですか。ただこうして延々と0か100か、どっちが勝つか負けるかの戦いを続ける限りはいっそ山までに至る土地、全部みなさんで買い上げるしか方法はなくなるかもしれませんよ。」
「それは責任転嫁というものだ。我々が既に得ている眺望権、この憲法上の権利をなんとかするのは、後で開発する業者と今の土地所有者が背負っていかねばならない責任だ。」


「でもその相手は、それぞれの土地をそれぞれの人が使うこれも法律上認められている権利をなぜあなたたちが奪えるのかと言っています。」
「いや、だから最後は役所がそこを全部買い上げて公園にでもすればいいんだ。」


「それ全部、市民が汗をかいて納めてくれた税金を使うということになりますよね、あなたのために。そしてそれを言い出したら土地という土地がすべて国有とか市有とかになって自由のないおそろしい世の中になってしまいますよ。」
「そんなことは知らない。俺たちは自己防衛だけだ。世の中をどうしていくかなんてのは役所の責任だ。」


…………………………


まあ一事が万事こんな調子なのだからどうにもならない。どこかで折り合いをつけてなんとか当事者どうしで解決を図ろうなんていう気など初めからまったくないのだ。あるのはただ「勝つか負けるか」。そして自分には権利はあるが責任はないと。自己欲を全うするためには、他人の幸福追及も、そして市場原理を基本としている社会のありようすらもすべてお構いなし、つまり一切敵なし。そして最後は役所だのみ。

これはもう一方の建設する企業のほうにも言えることで、まわりの地域環境ということにあまりに無頓着、なかには軋轢を起こすことを屁とも思わないところがあって経済合理主義がすべて、売ってしまったらドロン雲隠れ。地域のその後、残された住民のその後などまったく意に介さないその責任のない態度はやっぱり自己中心的で、結局は似たり寄ったりなのだった。


こんなのを見ていると、そもそも日本の戦後教育とはいったい何だったのだろうとそう思わずにはいられなかった。運動のほうの中心になって旗を降っていたのはどれも今の70~80代がほとんど。そして建設側のほうはもっと若かったが、あの高度成長期から続いた拝金至上主義経済をそのまま忠実に実践する申し子たち。

どちらにしても、別に自分が闘って勝ち獲ったわけでもない「自由」を「放縦」と取り違え、民主主義には必須のはずの当事者調整~妥協だとか、プライベイトとパブリックとの難しい舵取りだとかについて何の知見も自覚も垣間見えなかった人たち。


…………………………


時代の発展とはいったいどういうことなのだろう、……そんなことを考えるうちに思い浮かんだ言葉は、昔の諺で「三方よし」「過ぎたるは及ばざるがごとし」などだった。そしてもうひとつ、ぴったりだなと思ったのがこれ。そのもっともっと昔に、あの薩摩島津公がこんな「いろは歌」をつくって藩内の子弟にこう教え育てていたのだ。他と合わせながら自分を上手く生かしていく術、昔の人のほうがよっぽど分かっていたのだろう。


少しきを 足れりとも知れ 満ちぬれば
月もほどなき 十六夜(いざよい)の空


…………………………


ということで、長くなってしまったが話は戻って3階からでは見えなくなってしまった富士山、まあ、拝みたくなった時にはポイントをずらしてどこか良く見える別の場所を探しに行くことにでもしよう。横移動だ。いや、屋上に上がればなんとか少しはまだ全景を見ることができるかもしれない。これは縦移動。


結論。何につけても欲を言い出せばキリがない。誰もが引っ込みがつかなくなった時、そこから戦争が始まることは古今東西の歴史が教えている。この富士の眺望にしたって、そのことで命が危なくなるなんてこともないのだから、まあその程度のことだ。

とすれば、横でも縦でも自分の身を少し動かしさえすれば拝観できるのならまだマシというものなのだろう。であれば、おそらくまだまだ自分は少しは人よりは幸せなほうなのかもしれないぞ(今は)、なんてことを思いながら掌を合わせるだけなのだった。

いまこの国の人たちに聞けば、ほとんどが戦争を繰り返してはならないと決まったように言う。しかし、それを強く熱く語る人に限って、そこから一歩進んで目の前にある戦争の現実的な避けかたまでを言う人は驚くほど少ない。というより、理念はそれはそれとしていざ自分の足下の問題になるや、敵を認めて粘り強く渡り合うどころか、むしろ皮肉にもなぜか攻撃的で実に好戦的な人が多かったりする。


戦争



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2017/01/09

冷雨



むかし「一月の雨」という曲を作ったことがある。当時は札幌だった。一月といえば雪に埋もれるのが常のあの札幌で、その年ばかりはなんと雨がしとしと降ったものだから、なんとなく喫茶店の窓からそんな情景を眺めているうちにふとメロディが浮かんできた。


…………………………


創作意欲というのは不思議なもので、バーっと高まる時期がある。いま思えば、自分にとってそれは30歳前後、それと40歳前後にやってきた。その頃は放っておいても泉のごとく次から次へと湧き上がってきた。いまある30曲のほとんどは当時のものだ。


それがなぜだかはわからない。おそらく何かあるのだろうとも思うのだが、とんと見当がつかない。あえてひとつだけ思いつくのは、その時期は仕事が一番大変な時で毎日深夜残業、寝る間もなく地獄のような日々だった。そう考えると、もしかすると或る種の逃避だったのかもしれず、玄関で靴を履いたりしてる時だとか10分の仮眠のあとだとかに、ふと口をついてメロディが出てきた。そのたび切れっ端に五線を引いてメモ。


それからしばらく曲はできなかったが、この「一月の雨」の時は50代に入っていた。以来、新しい曲はないから今のところこれが最後になっている。どうやら、人は或る意味何かに徹底的に追い込まれないとそういうことにならないらしい。無理して作ったとしても、振り返ると頭でっかちでえらくつまらないものになっている。その追い詰めてくる何かへの反発のようなもの、跳ね返すバネなようなものが創作意欲に繋がっているような気がしないでもない。ブルースやジャズもそうだった。


…………………………


そんなことをつらつら考えたりするのも、きのうから関東は雨が降っているからだ。ほんと久々の雨だ。ずっと快晴でそれも乾燥続きだったから、街の干からびを潤して汚れた空気を一瞬でも浄めるには恵みの雨になっている。一息入れるというのは何につけリズムとして大事なことだとも思う。


冷雨



この雨、北海道とは違うのだからあえて「一月の雨」と呼ぶ必要は何もない。今回の雨は、太平洋上を南岸低気圧が通過して、それが北からの寒気を呼び込んで山岳部ではけっこうな積雪になっているらしい。確かにこの平野部でもえらく冷たい雨になっている。


そういえばあの札幌の雨も冷たかった。それでも、いつもの雪が当たり前になっているその相対感覚なのだろう、風景としてはなんだか妙に暖かく感じたのをよく憶えている。この曲、一度だけ人前で演ったことがある。それが最後のライブだった。もう5年になる。


冷雨



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2017/01/08

冬花



穏やかだった正月もこのところめっきり寒くなった。
快晴は続いてるのに北風ぴゅうぴゅう底冷えする。
そんなだから肩がすぼんで亀さんになってしまう。


そんななか、とぼとぼ歩いてたらこれに出くわした。
この季節にパッとこの色、やっぱりほっこりなごむ。
椿にそっくりで見分けが難しいらしいが素人判別(笑)


冬花



そういえばこれ、子供のころ習った唱歌に出てきた。
北海道では見ないから何だかわからないまま歌った。
いや、冬に咲く花があること自体想像できなかった。


あれから半世紀、それが今になって目の前に現れる。
不思議なもので頭でっかちモヤモヤ解消でスッキリ。
「やぁ、あなたでしたかぁ」ついハグして口ずさむ。


さざんか さざんか 咲いた道
たき火だ たき火だ 落ち葉たき

あたろうか あたろうよ
霜やけ お手々が もうかゆい


冬花



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2017/01/06

個食



正月もあっというまに終わった。このところ正月になるとどうしても子供のころの年末年始を思い出してしまう。というわけで、その辺を少し書いてみようと思う。


…………………………


まず当時の年末の様子から。子供たちはといえば、カランカラ~ン歳末の商店街福引きで歓声をあげて走りまわったり、と思えば親につかまって家の大掃除、顔にススをつけながらストーブの煙突掃除の手伝いをさせられたりしていた。

大人たちも、商人は手形がどうしたこうしたと金の融通を案じてみたり、親方は職人さんたちにぎりぎりなんとか年越しの餅代を渡してみたり、道を行き交う人たちは雪降るなか、ソリにミカン箱だの荒巻鮭の箱だのを積んではお歳暮を配ってまわったりしていた。いま思えばこうして街もずいぶん忙わしなく、いかにも年の暮れだという風景がそこにはあった。


…………………………


そうしているうちにあたふたと大晦日がやってくる。やっとすべての準備を終えて、家族みんなが集まり茶の間は年取りで食えや食えやの大宴会、台所もてんやわんやの大忙し、そして紅白歌合戦~ゆく年くる年、テレビをみながら次は年越しソバだ。

家のなかもそんな調子なら家の外だって負けてはいない。紅白も終わりが近づくころになると、家の前の道路には初詣の酔客が繰り出し始める。連れどうし、この時ばかりはと高歌放吟したりしてずいぶん賑やかだった。

そしてこの大晦日だけは子供も夜更かしが許されていた。やれ福笑いだのスゴロクだのに歓声をあげてはうつつをぬかし、眠い眼をこすりながらここはと意地になって大人ぶってみるのだ。最後はついに睡魔に耐えられずバタンキュー。


…………………………


そうこうするうちに年が明ける。雑煮を食う前に、まず親に神棚と仏壇のところまで連れていかれ手を合わせさせられる。それが終わると「うぅ、寒い寒い!」と茶の間に駆け戻って次はこれだ。お年玉欲しさからの一心で「あけましておめでとうございます」と一応親に頭を下げてみる。

そんなこんなしていると、親戚縁者さまざまな人が次から次へと玄関をガラッと開けて現れる。年始の挨拶まわりだ。そして子供たちはお年玉をもらってはしゃぎまわる。連られて犬まで喜んで庭をかけまわったり、猫もストーブの前で丸くなったりしていた。


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その時には何も感じなかったがこうしていま考えてみると、世帯ごとに3世代なんてのは当たり前で、家の中はずいぶん人が多くて大家族だった。そして、この時ばかりは家にいるものだとみんながそう思っていた。もうひとつ、街のなかでも人の行き来がずいぶん多かった。オーバーかアノラックに手袋とマフラー、そして和装の訪問着の人もいたりしてお互い気軽に家を訪れ合っていた。

そんな時代を知っているだけに、今のこの変わりようを見ると隔世の感がある。家族はバラバラになってそれぞれあちこちに離れて独り暮らし。そして正月だからといって集まることもずいぶん少なくなった。それに、人様が家を訪問し合うような作法もいつのまにかすっかり影をひそめている。年始まわりで家どうしを行き交っているような様子はとんと見受けられない。少なくとも三が日は街はどうみてもひっそり静まり返っている。


そう考えると、これはもう行き着くところまで来てしまったのではないか、そしてこれから先、それでも誰もがこの内向きな指向をこのまま本当に続けられるのだろうかなどと、ふと思ってしまう。


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確かに、あれは昭和40年代あたりからだったか、こうした運命共同体的な関係に面倒くささを感じ、のしかかる束縛に嫌気が差して、そこから逃れ自由でありたいと個を求めた時代があった。そうであることを謳歌し、やれやれとせいせいした時代。かくいう自分もまったくそのとおりで若いうちにそこから飛び出した。


それが今ではどうだろう。こうして世のなかが振り子のように極端から極端へと流れすぎた結果、今度はまたそれがブーメランのように返ってきて自業自得、誰もが行き過ぎた孤独に苛まれるそんな時代に入ってしまっている。

みんないなくなったガランとだだっ広い家にポツン、おせちの代わりに冷蔵庫の余り物を片づける独居老人がいる。と思えば一方では、街を歩きまわってもそう面白いこともなさそうだと、ワンルームに戻ってカップラーメンをすする独居若者がいる。


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あれだけ大勢が集って賑やかだったこの国の長い長い伝統のありようが、いったい何があったのか一瞬のうちに脆くも崩れ去り、こうして高々わずか半世紀足らずの間にまったく見る影もなくなってこれが今の年越しの風景になっている。

その両方を見てきた人間、とりわけ中心にいた今は70代以上になるお年寄りには、ここは想像するしかないのだが、そのギャップがなんとも言えぬほどにたまらないものがあるのではないか。自分でさえそう思うのだからおそらく間違いがない。

そしてその耐え難きを忍ぶ姿、あと10年もすれば他人事でもなく自分の順番が間違いなくやってくる。それだけでない、今はまだ肩で風を切っている世代にしてもあと20~30年もすれば必ずそれが自分の問題になってくるのだ。


そう考えると、今のうちからよほどその覚悟ができていないと、どうやらその時になってうろうろあたふたとしてしまいそうだ。はて、この先どうやって心を慣らしてそこになだれこんでいけばいいのだろう、……道すがら見つけたこの枯れ葉1枚、これがぴゅうぴゅう北風に揺られているのをじっと見つめていると、正月早々なのに、いやむしろそうだからか、そんなことが頭をめぐってしまうのだった。


個食



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2017/01/05

奥行



まるで春の陽気。またぶらぶらする。するとこれを見つけた。




よくみるとブロッコリーだ。



もう少し歩くとまた。今度はなんだろう、向こうはキャベツ。


奥行



なんだろうこの懐かしさは。なんとも穏やかな気持ちになる。
落ち着くよな~と佇んでいたら、向こうに電車がやって来た。

静寂のなか遠くでガタンガタン……奥行きを感じる音の風景。


奥行



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2017/01/04

界隈



こんな小っちゃな神社があるとは!?
見るとほんの普通の家の1宅地分だ。

そこに初詣客が大勢集まっている。
どうやら人は縁を求めてるらしい。


出雲大社分祠

界隈



そのすぐ筋向かいには町内会館が。

子育て個育て誰でもどうぞの貼り紙。
そして玄関前になんとこんなものが。

水槽だ。ふたつ並んでて可愛らしい。


界隈



近くの川でとれた魚を通りがかりの人に紹介しているらしい。
全部で14種類もの魚。身近にこんな生態があったかと驚く。
たなご、はや、どじょう、鯰、鯉、ごり、くちぼそ、かわむつ、…


足を止める親子、会話がはずんでる。なんだか微笑ましい。
町内会&商工会によるコラボ活動。育まれるはずだ郷土愛。


界隈



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2017/01/03

好天



今年の正月は好天に恵まれている。誘われるままに外に飛び出した。


この一面の畑、なんとも空が広くて気持ちがいい。北海道みたいだ。


好天



この川べりも江戸時代からあまり変わっていないのかもしれない。


好天



広々立派な住宅が並ぶ一角があったので入ってみたら神社を見つけた。
古くからの方々が支えてきたのだろう、明らかに地域密着の氷川神社。

ということでここで参拝、初詣ということに。なんとも穏やかな正月。


好天



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2017/01/01

更新



年が明けた。心機一転、なにか方法はないか。

ここはやはり書き初めしかないべと一念発起。
とはいっても筆も墨汁も半紙もまったくなし。


よし、絵だ!授業中いつも描いてたから得意。

と思ったらガクッ!そう上手くはいかなかった。
子供のときよりメチャ下手くそになってて愕然。





こうなれば最後の頼み、屋上まで駆けあがる。

街を一望、気持ちがいい。そしてその向こう…
やっぱり正月はこれか。背筋がピンと伸びる。


ということで、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがいいたします。




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