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2016年12月の28件の記事

2016/12/31

冬音(5)



武満が聴こえる

#冬 #音 #風景 #武満徹
#winter #sound #scape #takemitsu


冬音(5)


…………………………


今年もまたこうしてなんとか書き続けることができました。始めてから早いもので足かけ8年、時が経つのは本当に早い!……あらためて感じる今日この頃です。とりとめのない拙文におつきあいいただき有難うございました。

最後は「浄めの締め」ということでこの写真にしてみました。なにかと騒々しく不穏でもあったこの1年、来る年が凛としたこの竹林のように心静かで平安な年となりますように。



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2016/12/30

流転



いつもと違って、街はどこも驚くほど人がめっきり少ない。

昔からこの時季になるとどうしてもこのことが頭をよぎる。



都会と地方、人はなぜこうも行ったり来たりするんだろう。

というよりも、その前になぜ一つ所に居続けられないのか。

始めと終わりの場所が別になってきたのはいつからだろう。


…………………………


その行ったり来たり、人によってさまざまだ



帰りたくなくても帰らねばならない人がいる

流転


そう思えば、帰りたいのに帰れない人もいる

流転


嗚呼、人の世のおもしろきかなデラシネの歌


◾「東京でだめなら」渥美清
https://youtu.be/KMjiHoieDfs



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2016/12/29

帰省



街はみるみるガラガラ。帰省ラッシュが始まったのがすぐわかる。

この帰省、ちょっと前まではほとんどはこの人たちが中心だった。

ただ親がまだ健在でない限り今ではもう帰ることもないのだろう。

街に残っている人たちを見ると、そんな世代が多いように感じる。


◾「あゝ上野駅」井沢八郎
https://youtu.be/2FIz5_C-K2Y


帰省



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2016/12/28

空地



街なかにこの広大なオープンスペース
もとは江戸幕府の貯木場だったそうだ

それらを東京都が譲り受けて今は公園
いざという時には広域避難場所になる

大震災、大空襲で焼き尽くされた地域
歴史をふまえての何よりの備えらしい





駅至近だし周囲はぎっしりビルだらけ
市街化圧力も相当のものがあったはず

カネにすれば一体どれだけになるのか
そんな誘惑にも頑として譲らない矜持

易きに流れない……なんだか気持ちいい
子供たちも思いっきり飛び跳ねている


…………………………


こうした空地は都内に意外と多く驚く
散策、ランチ、デート、賑わっている
身近な境内も多くこれも愛されている

内が手狭ゆえ何かあれば外へ飛び出す
そんな時パブリックスペースが有難い
境内、喫茶、公園、だから大切に使う

密と疎、どうやら棲み分けてるらしい
それが当たり前の暮らしになっている

内が居心地良すぎると外に出なくなる
密と疎、プライベートとパブリック……
街にメリハリのリズムが聴こえてくる


猿江恩賜公園
空地


一角には江東公会堂
空地



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2016/12/27

初心



そうかやっぱり音楽ってこんな楽しいものだったか……

暮らしのなかでつい鼻歌まじりに出てくるメロディ。
あとは少しのアイデアと身のまわりにある物と人と。

大仕掛けの機材も組織も面倒くさい御託も一切無用。
作りかたも、伝えかたも、全部自分たちの手のうち。


この監督、「Once ダブリンの街角で」を撮った人。
そういえばこれも草の根の音楽を描く映画だった。
路上だったり、男女2人だけセッションだったり。


…………………………


あまりに結果ばかりを急ぎすぎる今のこの世の中、
目の前の1人と繋がる前に見えない百万人を追う。

数集めに追いまくられて骨抜きにされる最初の心。
手段が知らぬまに目的になってどん底まっしぐら。


それに比べてローカル手づくり感満載のこの映画。
音楽を作るプロセス、とにかくみんな楽しそうだ。
やりたいことをやるだけだからそれも当たり前か。

アイルランド系の映画は元気が湧いておもしろい。
「ザ・コミットメンツ」「プルートで朝食を」……
なんだか何かできそうなそんな気にさせてくれる。


◾映画「はじまりのうた Begin Again」
http://eiga.com/movie/79775/


初心



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2016/12/26

自由



すばらしい!平成の方丈記か!?


自由



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2016/12/25

仰天



ありゃ、なんじゃらほい!?

………それにしても不思議


仰天



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2016/12/24

越境



このあいだのコンサートで聴いたバッハのこの曲。弾いたことがあるが、易しそうに見えてこれが意外と難しい。

もともとバッハは、速さも、音色も、強弱も、まったく指定しなかった人。そこが嬉しくもある一方でえらく悩ましい。つまり、自由すぎるがゆえにかえってこっち側が丸ごと試されてしまうのだ。

フレージングの作りかたひとつとっても、解釈が無尽蔵にあってまずそれに迷う。もうひとつ、同じことの繰り返しを単調にしないようにと思ううち、かえって邪念を招いて俗っぽくなりがち、さまざま誘惑に駆られて心が揺れてしまう。


…………………………


よく言われることだが、やっぱり何につけてもシンプルであり続けること、心を真っさらにして身を委ねるということほど難しいことはないらしい。

あっちだこっちだ既成のやり方を真似ては優劣をつけようとしてみたり、さまざまに浮かんでは消える強欲な煩悩に一々振りまわされてみたり……

そうしたもの一切から解き放たれて、目の前にあって目には見えないそんな何かにただただ没入する、この辺はなんだかあの「座禅」にも似ているような気すらしてくる。


…………………………


人間誰しも生まれてこのかた、知らぬまにどうにもならないさまざまな染みがこびりつく。風の音、土の色、雪の感触、空気の湿りかた、地産の食材の匂い、言葉の抑揚とリズム、暮らしの作法、そして、隣りのオッチャンオバチャンとの関わりかた、権威との関わりかた、過去との繋がりかた、……そのありようはさまざまで星の数ほどだ。

そしてこれらが否応なくずっと自分に影を落とし続けることで、或る種の安心感や帰属感を与えてくれていることも確かだが、見方を変えれば一方でそれらは、見えにくいが自分への限界としても働いていて、知らず知らずまとわりついて窮屈に覆い被さってきているのも事実のようなのだ。

そんなことを考えていくと、結局、音楽への対しかたというのは、どこかでそうした「限界」を面倒でも知って向き合って、その境界をひとつ勇気を出してポーンと飛び越える、それなしには本当のところまでは行けないのかもしれないと思ったりする。


…………………………


「境界」といえば宗教のセクトだの民族のボーダーだのも同じことで、とすれば、幸い言語というものから離れられている音楽というのは、おそらくそうしたものすらを越えたもっとその先、それらを丸ごと包み込むような何か共通の地平を見つめてそれをなんとかつかもうとする、ひょっとしてそんな営みなのではないかという気もしてくる。

いや、そうでなければ、日本民族の仏教徒に、このゲルマン民族のキリスト教徒が書いた曲を弾いたり聴いたりすること自体、何の意味もないことになってしまうというか、初めからそんなこと出来ようはずもないことになってしまう。


とはいうものの、この「越境」というヤツ、やっぱり「言うは易しで行うは難し」だからほんと厄介だ。捨て切れない自分と、それでもなお捨てようとする自分と……そこを行ったり来たり、いつまで経ってもその繰り返しのようなのだ。

はて、いつか遠くから、境界をまたいだその両方を力を抜いてラクラク見渡せるような、そんなふうに一体にして繋げて俯瞰できるようになる日は来るのだろうか、……なんてことを思いながら、クリスマスケーキならぬ目の前の団子を喰う前にまたこれを聴いてみる。


◾バッハ「主よ人の望みの喜びよ」Alon Goldstein
https://youtu.be/uKq5IcBFyeQ


越境



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2016/12/23

大空



空はひろいなおおきいな

行ってみたいなよその国


大空



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2016/12/22

聖夜



パイプオルガンのコンサートを聴いてきた。バロック中心に、季節柄クリスマスキャロルのメドレーも。そしてソプラノが加わって、グノー「アヴェ・マリア」、プッチーニ「ラ・ボエーム」も。

自由に舞う伸びやかな声、そして重厚ながらしっとり支える伴奏、たった2人だがよく溶け合ってホールいっぱいに鳴り響いた。汚れた心がすこし洗われる。


そしてやっぱりバッハがいい。小品をいくつか演ってくれたが、オーケストレーションが素晴らしくバッハの良さを再認識。


…………………………


この日の演奏者、山本真希さんは新潟在住の方。確かに混じりけのない静謐な雪の匂いがした。関西出身でドイツとフランスで学んだあと、「りゅーとぴあ」新潟市民芸術文化会館の専属オルガニストとして草の根の普及に努めているという。この日もパイプオルガンの仕組みや音色など詳しく説明してくれた。そういえば、新潟の文化会館といえばあの意欲的な舞踊集団noismもいる。どうやら新潟はずいぶん頑張っているようだ。


今回の会場「すみだトリフォニーホール」も区立だが頑張っている。音響に定評があって稼働率も高いがさまざま企画モノも次々繰り出していて、区民割引なんてのもあるらしく愛されているのだろう、この日も老若男女たくさんの人でほぼ満席、盛況だった。


1500円で十分楽しめた音楽鑑賞。クラシックは敷居が高いと思われがちだが決してそんなことはない、ヨーロッパではこの程度の価格で毎日オペラをやったりで、そのへんのオッサンたちが普段着で気軽に楽しんだりしている。

欧米文化は特別で高級なものだという意識が、この国では明治の鹿鳴館以来ずっと誤って根付いてしまったのだろう。何を思ったか、そうやってむしろフツーの人を遠ざけることで上流特権意識を満足させてきた人たちがいた。音楽はどんなジャンルであれ初めからそんな垣根などなくて、もっと身近で市井の庶民に寄り添ったものだ。


終わるとすぐ目の前のスカイツリー、昼とはまた違ういでたちでうっすらとお化粧、華を添えてくれた。はからずも「ラ・ボエーム」がまだ耳に残っていたのか、あの貧しくも芸術に夢を見ながら散っていったパリのボヘミアン若者たちのことが頭をよぎった。


聖夜



◾「パイプオルガン・クリスマス・コンサート2016」
山本真希[オルガン]鷲尾麻衣[ソプラノ]

A・ホリンズ/トランペット・メヌエット
J・ブル/御子がわれらに生まれたもう
チャイコフスキー/くるみ割り人形より「花のワルツ」
R.キュリ/みんなのためのオルガン・ガイド
J.S.バッハ/主よ、人の望みの喜びよ
J.S.バッハ/小フーガ ト短調 BWV578
J.S.バッハ/前奏曲とフーガ イ短調 BWV543
J.S.バッハ=グノー/アヴェ・マリア
G.F.ヘンデル/私を泣かせてください
J.プッチーニ/ラ・ボエームより「私が街を歩くと」
クリスマスキャロル メドレー


聖夜



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2016/12/21

冬至



きょうは冬至。昼が一番短くなる。

ということで本当か?調べてみた。



【日の出】06時48分

【日の入】16時31分

【昼の長さ】9時間43分



なるほど秋分から2時間以上も短くなってる。
不思議なものだ。これも1日1日の積み重ね。

そして、3ヶ月で太陽のまわりを4分の1周!
地球って実は物凄いスピードで走ってるのか!


さて、これから少しずつ昼が長くなっていく。
そう思うとなんだろう少し浮き浮きしてくる。
冬本番もなんだか楽に凌げる感じがしてくる。



冬至


冬至



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2016/12/19

時間



早いもので30のときに生まれた娘がきょうで30になるという

はてこれは一体どういうことか……考えてはみるがよくわからない


ただ、こうしてぐるぐるまわってるということだけは確からしい

どうあれ時間だけは誰にも等しく淡々と刻まれていくものらしい




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2016/12/18

現地



錦糸町まで行く用があって、いつもなら秋葉原で総武線に乗り換え、最短ルートをとるところだが、今回はぐるり海側を遠まわりして行ってみることにした。

海をまわるといっても別に船に乗るわけではない。そう、新橋から「ゆりかもめ」に乗って、今をときめく埋め立て臨海部(中央区~江東区)を上からざっとでも眺めてみようということだ。


現地



「ゆりかもめ」は新交通システムとして脚光を浴びて開通したが、その頃に一度乗ったことがある。もう20年ほど前のことで、マレーシアから研修に来たZ氏の希望で見学に来たのだが、そのときはこの臨海部にはビッグサイトがあるくらいで、ほかはまだほとんど何も建っていなかった。

今では壮々たるビルがにょきにょき建っていて案の定、その変貌ぶりに圧倒されてしまった。そしてもうひとつ、埋め立て埋め立て………、土地を生み出すためにどんどん海を潰していってるのがよく分かる、これで本当に大丈夫なのかいなとも思ってしまった。


汐留、レインボーブリッジ、お台場、フジテレビ、テレコムセンター、……なんとも自分には似つかわしくない土地柄(笑)。ただ、そうではあっても何事も勉強、もうこれから縁のないところであるからこそ一度は見ておかねばという、いわばおのぼりさん気分でもあった。背中には家で作ってきたおむすびを風呂敷で巻き付けている。


…………………………


いま騒がれている「有明アリーナ」の予定地はついぞよく分からなかったが、空き地を見つけてはまあこのあたりが選手村とかオリンピックの拠点になるのだなくらいの、何とはない雰囲気は掴めたように思う。


それともうひとつ、これも毎日のように報道されている「豊洲市場」、これは駅も用意されていて、巨大なピカピカ施設群をハッキリと見てとることができた。税金の山が使われないまま死に金となってうず高く積まれているように見えた。一言、勿体ない……


現地

現地


…………………………


何でも実際を見ておいたほうがいいという主義、まあとりあえずの好奇心は一定程度満たされたというところか。一度こうして現地を見ておくとニュースで切り取られた映像にしても、隠れた奥行きだとか位置関係だとか空気感だとか、これからは今までより少しはマシに眺めれそうな気がしないでもない。

まずは俯瞰できたので詳細はまたあらためてということで、天候にも恵まれたミニツアー380円、ひとまず終了。



現地



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2016/12/17

買物(3)


(前回からつづく)


アメリカを追いかけて1960年代から始まったこの国のモータリゼーション、それを土台にしながら急速に進んだライフスタイルの変化と街の変貌。とりわけそれが一気に進んだのは2000年に入るあたりだから、まだせいぜいこの20年足らずのことだ。


それもいま考えれば1990年前後が節目になっている。バブルに明け暮れ調子に乗ってアメリカを押しまくった日本、するとその反動が押し寄せる。第2の黒船~日米構造協議だ。その流れで今度はそのアメリカに圧されまくることになる。規制緩和の大合唱のもとで結果として大型店の規制もゆるゆるにさせられた。

それからというもの、儲けが薄くなればすぐ撤退してしまうような不確かな巨大ショッピングセンターが、その流れに乗じて全国津々浦々あちこちで勢いを増し地価の安い郊外に乱立するようになっていった。そして街なかにある地場の小売り商店が次々と姿を消していった。


…………………………


なんの因果か、ちょうど仕事で都市計画に携わっていたのはその頃。日本全体がバブルのあとの茫然自失のなかで、それでもなおそうした経済の浮沈に一喜一憂、人の暮らしはそっちのけでそれだけが関心事になっていた時代。経済活性化のためなら街のありようなんてものは取るに足らないという空気が蔓延していた。高層マンションが街の景観をぶち壊す、大型店が街の構造をぶち壊す……

それでもやっぱり、そんな大型店が遠い郊外に1つしかない街よりは、たくさんの小さな店舗が多数、街なかの地域のあちこちに立地する街にしておくほうが、持続性の点からも公平性の点からもよほどマシだ、そんな想いでなんとかその波に立ち向かおうとした。


今その心配していたことがやっぱりそのとおり現実のものになっているが、その当時は世間の意識もまだまだ楽観的で、既存商店街の反対運動をのぞけばむしろ大型店の進出を欧米型ライフスタイルの追随として歓迎する空気のほうが圧倒的に根強かった。

ひとたびその規制に向かおうとすると官民寄ってたかっての抵抗も凄まじく、そうした荒波をかいくぐりながらなんとか方針めいたものは打ち出すことはできたが、そこまでがせいぜいで、結局は力不足もあって十分な実効性のある具体的な土地利用規制にまでは持ち込めなかった。


…………………………


その街は大都会でありながらとりわけクルマ好きな街、というより創建当初からアメリカ人の助けを借りて創った広々アメリカ型の街だったのだから、もともとが大型店文化にしても入り込みやすい、すんなりと馴染みやすい背景をもつ街だった。

そう考えると余計に、その後、果たして今はどうなっているだろう、お爺ちゃんお婆ちゃん、そして子供たち、障害をもつ人たち、困ってはいないかなどと思ってしまう。


過去のことを振り返るのは極力やめるようにしているのだが、しかしこのスーパーの前に立って暫しそのこじんまりとした姿を眺めるうち、ふとそんなことを思い出してしまうのだった。すると、目の前を80、90になろうかというお婆ちゃん、「よっこらしょ」と自分に声かけしながら背にはリュック、両手にはトイレットペーパーと野菜をぶら提げて玄関から出てきた。少しおぼつかないが一歩一歩、確かめ確かめ自分の足を進めている。それでも顔にはほんのり笑みを浮かべている。


買物(3)



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2016/12/16

買物(2)


(前回からつづく)


子供の頃から歩くのが好きで、今も変わらず暇さえあればあちこちぶらついている。道すがらいろんな発見があって、それがおもしろくてやめられない。


ふだんは裏道をなすがままにくねくねゆったり歩くのだが、目的地が決まっていてそれが遠い場合には、どうしても味気ないとは知りつつも分かりやすい広域を貫通する幹線道路を通ることになる。クルマがビュンビュン走り過ぎるその脇の歩道をてくてくてくてく、とにかく歩く。


ただ、長距離になるとやっぱり途中で足を休めたくなって、最近はよっこらしょと道路の片隅に腰かけるようになった。そして辺りをぼんやり見まわす。すると、それはそれでやっぱりおもしろかったりする。沿道の風景というのは変化が激しくて、そこに時代が読みとれたりもするからだ。


…………………………


思えば、沿道のありようというのは昔と比べれば随分と様変わりしている。まず、大型店はもちろんだがコンビニからラーメン屋のはてまで、どの店舗も店先には必ず駐車場を用意していて、そして間口がえらく広いのがわかる。


沿道にはさらに流通倉庫だとか中古車ディーラーだとかも多いから、なにやら危なっかしかったり、風景もスカスカで寂しかったりする。昔ながらの小さな商店やら食堂やら理髪店やらが隣どうし肩をくっつけ合いながら連担していた姿、人に親しみを感じさせてくれたあの等身大の風景というのは、少なくとも幹線道路の沿道ではすっかり見られなくなってしまった。


やはり今は対象がすっかりクルマの客が前提になっていて、もはや歩きの客などは相手にはしていないのだろう。確かに歩道を歩いているなんて人は見当たらない。ハッと見渡せば自分ひとりだけということがほとんどだ。


幹線道路の沿道に立地するこうしたロードサイドショップが現れ始めたのは、せいぜいここ30年だと思うが今ではもう当たり前になっていて、とにかく店ごとに駐車場を確保しないことにはまったく商売にならなくなっているのだ。


…………………………


こうして、人々の買い物の行き先というのが広範囲にどんどん分散するようになっていくと、地域ごとに近隣住民だけを相手に自足的に成り立っていた近場の商店というのは、そちらに客を奪われてどんどん潰れていく。駐車スペースを持たないところはなおさらだ。結果、住民のほうはといえばクルマがないために遠出もままならず、日常の買いまわり品も手に入れられなくなって暮らせなくなる人が増えてゆく。いわゆる「買い物難民」だ。


そして今度は、クルマを持って謳歌していた世代ですら、気づけば高齢者になってクルマを運転できなくなる人がどんどん増えてきている。それだけでない、さらに今では昔には考えられなかったような、モノに執着しない(できない)若者のクルマ離れが進んでいる。


…………………………


クルマに頼らなければ生きていけない社会というのは、それを持たないがために持つ者に依存し従属するしかないクルマ弱者にとっては、徒歩や自転車だけでは自立できなくなってしまうのだからこんな不幸なことはない。それに、そうしているうちに身体だって使わなくなっていくのだから衰えだって早くなっていく。そんな社会が早晩破綻するだろうことは初めから目に見えていた。


似た例では鉄道がある。広域を結ぶ超高速の新幹線ができるその影で、のろのろローカル線が次々と廃止され身近な足が奪われていくという現実がある。これも同じことで、要は近場で地道に暮らしていた地域社会というものが、あれよあれよとガタガタ音を立てて崩壊していく、そのシナリオがどんどん進行してしまっているのだ。そして、マイクを向ければそれは寂しいだの反対だのと言っている人が、なぜかクルマにばかり乗って汽車には乗らない。地場商店には行かず郊外大型店にばかり通い詰める。


…………………………


結局のところ煎じ詰めれば、パーソナルな「クルマ」とパブリックな「公共交通」、両方にカネを出す余裕なんてないよということになるのだろう。すると「あれもこれも」はムリ、どうしても「あれかこれか」ということになる。そう考えると、いま叫ばれている地域の崩壊というのは人が活動の広域化を望むその引き換えになってしまっていて、その代償として地域の切り捨ては甘んじて受け入れるしかない、黙って見ているしかない、哀しいかなそういう関係になっているということになる。


深刻なのは、それがクルマを持つ人と持たない人との関係とイコールになってしまっていることだろう。クルマと公共交通の両立を妨げているもの、言い換えれば、クルマを持つ者と持たない者との共生を妨げているもの、結局それはすべてカネ。……とすれば、要は人に社会にその余力もなく、結局その程度の力しかないのになりふり構わず何かを求めて真っしぐら、自分たちの身の丈を越えた方向一筋に突き進んできてしまっている、そういうことになるのだろう。


買物(2)


(つづく)



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2016/12/15

買物(1)



知らない街をぶらぶらうろついていると、たまにこういう平屋の小っちゃなスーパーを見かけることがある。そういえばスーパーが出始めた昭和30年代はみんなこんな感じだった。ストアという呼び方が多かったように思う。


その当時の光景を思い出してみると、近所の主婦がエプロンか割烹着でそのまま家を出る。そして買い物かごをぶら提げながら、歩きかせいぜい自転車。行き交う道はまだクルマも一般に普及していなかったからゆったりしていて、あちこちで挨拶が交わされたりもしていた。


…………………………


ふと見つけたこのスーパーも、聞くと昭和40年代早々にできたらしい。そのせいだろう今では当たり前の駐車場はまったくなし。そして売り場面積もやはり今とは違って広くはない。それでも、ところ狭しと並べる豊富な品揃えに、狭い通路は客でごった返して大賑わい、まるで市場という感じだ。


モータリゼーション、郊外巨艦ショッピングセンターなにするものぞ、店側も客側もあの昭和そのままに気取りなど一切なしなのがいい。

店先には、場所をとりそうなトイレットペーパーやら箒やらスコップなんかが外にはじき出されているし、お年寄り向けの衣料が無造作にぶら下げられたりもしている。

店内に入れば手書きの貼り紙、そして声かけコミュニケーションが飛び交っていて、おばあちゃんの我儘に店長が愛想よく走りまわったりもしている。


…………………………


そうしたあけすけなやりとりを目にしていると、なんだか懐かしくてあんまり微笑ましいものだからどうしてもこっちまで連られてニヤニヤしてしまう。

地域密着、ご近所の底力、……生き生きとして身の丈に合った、人の暮らしが感じられるこんな店のある街が好きだ。


自分もクルマを持たないせいもあるが、これまで数えきれないほど引っ越ししてきたが結局なんだかんだ気づけばこういう場所からいつまでも離れられずにいる。


買物(1)


(つづく)



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2016/12/14

野良



吾輩は人である。のらりくらり徘徊ばかりしている。
道すがら野良猫を見かけるがなぜか連帯感を覚える。
他人と思えないのは子供の頃からの憧れなのだろう。

そんなわけで野良猫の生態にはどうしても目がいく。
この地域にも数家族、どうやら縄張りもあるようだ。

子供も多いから子育て環境にも困っていないらしい。
たまにフギャ~!と揉め事もあるが概ね平和である。

自由奔放を保ちつつコミュニティを持続させる知恵。
町内会でもつくって議論を重ねているのかもしれぬ。


…………………………


或る朝、ばったりそんな野良猫の一匹に出くわした。
まだ夜明け早々、早起きなのか?遠征朝帰りなのか?

それが目が合ったらなんとこっちを向いて正対した。
そして正座、それもきっちり手を揃えるではないか。

なんて礼儀正しいのだろう思わず一礼してしまった。
今どき人間でもここまでやれる者はそうそういない。

親の躾かとも思ったが、どうやら天涯孤独のようだ。
おそるべし野良猫、飼い猫以上の育ちは喰うためか。


…………………………


それにしても立ち居振舞いが完璧だ。洗練されてる。
ひょっとして茶道でも習いに行ってるのかもしれぬ。

よもやかかってくることはあるまいと近づいてみる。
やはり逃げない。いや、まるで待ってたかのようだ。

この際にと頭を低くして弟子入りをお願いしてみた。
すると首を傾げながらやんわり小さな声で「ニャ~」

どうやら、そんな暇はないニャ~ということらしい。
相手を傷つけぬ柔らか対応は思いやりに溢れている。

さすがだ。断りかた一つにも優しさがあり品がある。
侮るなかれ野良の道、外見では窺い知れぬその奥義。
かくて我が野良への志、いよいよ本物となりにけり。


野良



ちなみにこれは谷中町内会(東京都台東区)

野良


こちらは道後温泉町内会(愛媛県松山市)

野良



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2016/12/13

冬音(4)



サティが聴こえる


冬音(4)



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2016/12/12

列島



この週末、日本海側は大変な雪だったらしい。除雪が追いつかずに鉄路も空路も交通はあちこちで寸断、新千歳空港では欠航が続いて多くの人が2晩も足止めをくらったという。

夏には南からの湿った空気で太平洋側が、一方で冬には北からの寒波で日本海側が、それぞれ厳しい自然の猛威に晒されるこの日本列島、結局どこに住もうがそれぞれ一長一短がありそうだ。


そしてきのうは沖縄の最高気温が26℃、北海道の最低気温がマイナス18℃、その差たるやなんと44℃にもなったというのだから、これで一口に同じ国といっていいのかいなというくらいに本当にさまざまである。


…………………………


ちなみにきのうの関東は、北国の大雪被害とは裏腹にうららかな快晴の青空、気温も10℃はあった。しかしそれでもテレビやラジオでは、厳しい寒さになるので厚手のコート、マフラー、手袋、しっかり防寒対策をとるようになどと警鐘を鳴らしている。

確かに、道を歩いている人たちを見るとそのとおり完全装備の真冬のいでたちである。そんな様子を見ると、北海道育ちの自分としてはまだまだ薄手のジャンパー1枚で全然大丈夫だからどうしても違和感を感じてしまう。ということで、マフラーや手袋を出すのはまだまだ先である。


そんなことをつらつら考えてみると、人の身体というのは本当に不思議なもので、生まれ育ちによって出来上がりかたがずいぶんと違ってくるようだ。街を見渡してみるとき、厚着を始めるのもこうして自分が一番遅いようなのだが、これが春になれば、Tシャツ1枚になるのもどうやら一番早そうなのだ。そしてそんな耐寒性能のおかげなのだろう、エアコンにしてもまだまだフル稼働にはならずに済んでいるから有難い。


列島



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2016/12/11

冬音(3)




ドビュッシーが聴こえる


冬音(3)



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2016/12/10

時代



3月のキース・エマーソンに続いてまた、あのグレッグ・レイクが……

高校のころ下宿で毎日聴いていた。キング・クリムゾン~ELP。

太くて切なく叫ぶ歌声も、歌詞の素晴らしさも、そして音楽の幅広さも、どれだけ影響されたか知れない。

なんだか気づけばこの世代がどんどんいなくなる。70年代は遠くになりにけり。寂しいがしっかり受けとめなくては。


◾「グレッグ・レイク死去 69歳」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161208-00000171-spnannex-ent


特にやられた1曲

◾Greg Lake 「The Sage」With Emerson Lake and Palmer ELP
https://youtu.be/5AXxQGai4JU


時代



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2016/12/09

自制



防犯カメラもないが勇気もない


柚子
自制


蜜柑
自制



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2016/12/08

朦朧



風邪をひいてしまった。以前なら菌のほうがよけていったものだが、このところは年に一度は捕まるようになっている。まあしかたがない、病院で診てもらおうと足どりふらふら家を出る。すると、行き慣れているはずの道が分からなくなって迷子に。


…………………………


どのくらい経っただろう、もうヘロヘロだ。それでも寒風のなかあちこち背中を丸めてとぼとぼと歩いていたら、目の前になぜかドーンと見たことのない林が現われた。


見上げるとここの木々たち、脚も長いが腕も天まで届きそうなくらいに伸び伸びしている。この寒いのにどうしてこんな伸びやかでいられるんだろう。しかもどんどん服を脱いでいる。きっと風邪をひいたことなどないのだろう、スクスク真っすぐ健康そのものという感じだ。


燦々と光を浴びるこれが育ちのよさというものなのかもしれないな、羨ましいもんだわなとカメラを向けたら、なんと手前の3本がそろってポーズまでとってきた。もしや、これは樹木界の宝塚スターでは?……と思ったら、なんと今度はほんとに踊り出した!なんだろうこっちまで元気が出てくる。ということで、なぜか体も軽くなって訳も分からず一緒に踊る…………


…………………………


ガバッ!………うなされて目が覚めた。テレビをつける。強風注意報のテロップ。窓の外を見ると木という木がみな大揺れに揺れている。


そうか、夢だったか、……えらくリアルだったな。それにしてもあの景色、どこかで見たような気がする。どれどれとためしにスマホでアルバムを手繰ってみた。あった!日付を見る。1週間前だ。


ん?するとこの1週間、この林のあたりをニヤニヤ独りずっと踊り呆けてでもいたというのか?そして……あれ、ここはどこだ?病室か?足元を見る。あ!足首に鎖が、……床に繋がれている。


すると、今度はどこからか声が……
「時間ほど覚束なきものなし。人の記憶ほどあてにならぬものなし。光陰矢のごとしとはこのことぞ、せいぜい気をつけるがよい」……目をこする。よく見ると、今度はなんとあの浦島太郎……


…………………………


こうしてこのあとも次から次と驚きの連続、朦朧の旅が続いたという。おかげで気づけばすっかり風邪もよくなっていたらしい。ただ、それがいったいどのくらい時間を要したものなのか、はたして短かったのか長かったのか、その本当のところはまだ誰も知らぬままだ。


朦朧



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2016/12/06

銀杏



朝晩めっきり冷え込むようになって、街の銀杏も待ちかねたように葉を一気に色づかせた。

残り僅か最後の命を燃やす。行き交う人も通り過ぎるだけだったのが今はみな目を見張る。


銀杏



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2016/12/05

野外



きのう昼すぎ駅へ向かうと、駅前で夏でもないのに野外ジャズ!

地元アマのビッグバンド、キレがあってはつらつと楽しそうだ。


野外



今度は帰りがけ、日が暮れてもまだやっていた。寒いけど熱い!

プロのアルト2本、サンボーンばりに鳴りまくって気持ちいい。


野外



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2016/12/03

時空



電車に飛び乗る人がいる

すぐにスマホを取り出す
自分のなかに入っていく

車窓の風景が流れていく
時間に追われ走っている


…………………………


線路を見続ける人がいる

どこまで行けるんだろう
自分のそとに心を飛ばす

想像の風景が駆けめぐる
時間を忘れて眺めている


時空



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2016/12/02

冬音(2)



シューマンが聴こえる


冬音(2)



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2016/12/01

冬音(1)



シューベルトが聴こえる


冬音(1)



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